新・永山あゆむの小さな工房 タイトル

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第一章(1)



 七月。夏休み前。

 暴力的な暑さで、セミの声すら嫌に思う炎天下のなか、岩国総合高校(いわくにそうごうこうこう)職員校舎一階にある、放送室で、

『今日も聴いてくれてありがとう! 来週もよろしくぅー!』

 ネオがマイクに向かって叫んだ。
 そして、ゆっくりと音量を下げて、ホッ、と息をつく。

「……よし、今日もバッチリだったね、みっちぃ」

「ああ、おつかれ」

 アコースティックギターを壁に置き、みちるはネオとハイタッチを交わす。今日もひと仕事を終えて、みちるは胸の高鳴りが緩くなった気がした。それはネオも同じだった。

 周りにギャラリーがいるならテンションを楽しくできるのだが、ここにあるのは数々の機材だけ。幅も狭く、自分たち以外は誰もいないので、何回やっても、二人は緊張感を拭うことができないのだ。マイクの先にいる見えないギャラリー――学生たちはどう感じているのか、どんなふうに聴いてくれているのだろう、テレビでアーティストが収録する時もこういう気持ちなのかなあ、とネオは思った。

 とにもかくにも、今週も、この放送教室での活動は無事に終えることができた。

 ――『昼休みのmoment’s(モーメンツ)』

 五月から始まったお昼の放送だ。月、水、金の週三回、この放送室を使っておこなっている。元々は放送部が一二時半から三十分間、クラシック音楽をかけているのだが、ネオとみちるの交渉により、実現することができた。

 だが、幅の狭さと音響機材が十分にそろっていないため、彼女たちだけでやることになったのだ。そのことを健斗(けんと)は、ブーブー不満をもらしていたが、学校に年功序列(ねんこうじょれつ)の掟がある以上、しょうがないっスね、と不服そうな顔で無理矢理割り切ったとか。そして拍車をかけるように、昼のイメージに合わない激しい曲はダメ! という鬼の先生たちによる注文に、みちるはアコギ、ネオはタンバリンなどの打楽器を叩いて歌うことを余儀なくされた。なので、

「あーあ、もうちょっとテンションの高めな曲を歌いたいんだけど」

 不満が垂れるのも無理もない。始まって二か月経過したが、ネオは、午後からの授業で眠気に学生のために、自分自身のためにもテンションの高い曲で、モチベーションの低下を抑えてやろうと思ったが、理想は高かった。

 moment’sのオリジナル曲を披露しようと思ったらNGだし、代わりに有名アーティストの楽曲をアコギアレンジで歌っても、そこまでテンションが上がらないし。

 元気よく言えるのは、最初と最後のあいさつのみ。

「仕方ないよ、守らないと廃部になりかねないからね」

 そう言いながら、みちるはアコギをギターケースに入れる。このアコギは彼女の母親が昔買ったもので、弦は真新しくギラギラと光っているが、ボディが赤褐色に変色しているため、レトロなものにも見える。

「みっちぃは割り切りが早いね。わたしなんか、お堅い教師をどうすればいいのか、未だに考えてるもん」

「だってさあ、あたしの見る限りじゃあ、あのカタブツたちにはいくら話しかけても無駄だと思うんだ。校長もいるんだしさ、小競り合いはゴメンだね」

「そうよねぇ。しょーがない、かあ……」

 みちるのようになれない自分はまだまだ子供だな、と感じつつネオは機材を片づけた。そして二人は掃除をし、教室を出て鍵をかける。

「ああ、鍵はあたしが職員室に持っていくよ」

 みちるがネオに手を差し出す。

「え? なんで?」

「なんでって、あんた、今日は再検査の日じゃなかったの?」

「あっ!」

 ハッ! としたように、ネオは口に手を当てた。

「そうだ、忘れてた!」

 ――先週、期末試験の全科目が終わった次の時間に学年集会があり、その時に服装検査が実施された。いつもの服装――夏服用の半袖カッターを私服のようにだら〜っとスカートの上に重ねて、灰色のスカートは膝よりも上。よくテレビで見る、都会に住んでいる女子校生と同じような服装だ。

 だが、現実はニュースでよく見る映像のように甘くはなく、岩国総合高校の校則規定による服装は、シャツはスカートの中に入れ、そのスカートの丈は、膝よりも下でなくてはならない。

 その校則に基づく検査で、ネオは担任の大崎(おおさき)先生に、

「なんで堂々とだらしない格好をしているのよ!」

 これが当然! これがスタンダードよ! と思っているネオは、先生の鬼の形相でガミガミと説教を受け、再検査を昼休みに受けることになったのだ。

 それが今日の昼休み。

「ああーもう! なんでここの学校は校則に厳しいのよー」

「それはどこも同じなんじゃないの?」

「めんどくさいなあ。みっちぃはあたしと同じような格好なのに、なんでひっかからないのよ」

「いつも集会が始まる前に、身だしなみは整えているからね」

「要領(ようりょう)がいいんだから。じゃあ、鍵、お願いね!」

「入る前にちゃんと正せよー」

「わかってるぅー」

 みちるに手を振り、ネオは校舎の奥まで進み、階段を軽快に駆け上がった。

 あっという間に3階にたどり着き、女子トイレで服装を整える。膝より上に裾をあげたスカートは、膝のあたりに調整し、私服のようにしているカッターシャツは、スカートの中に入れる。これがこの学校での本来の着こなし方だ。しかし、ほとんどの女子生徒はほとんどがネオみたいな着こなしなので、なかなか守ってくれない(男子も同じ)。そのための、服装検査ではあるのだが。

「よし!」

 洗面台にある鏡でチェックし、ネオはトイレの隣にある再検査会場――視聴覚(しちょうかく)教室へと入った。


   
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