新・永山あゆむの小さな工房 タイトル

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第一章(3)



 そして、一〇分が経過。

「――だいたい、あんたが『この先どうする?』って投げかけて、わたしが、『何もなかったことにしよ! てへぺろー』って返せば、すぐに次の話題に行けたのよ!」

「だ、だから、そんなの、私には無理だよ……」

「じゃあ、どうすればよかったのよ!?」

 道端(みちばた)ですれ違う犬の吠えあいのように言い争いが続き、それが廊下に響き渡る。

 その騒がしさに、「何をやっているんだ?」、と二年一組の周りに学生が集まっていく。もちろん、男女関係ない。「ものすごい舌戦だねー」と他人事のように見る学生。「女のケンカってこういうものなんだぁ〜」とか、「すげー」と、初めて見る女の喧嘩をまじまじと見つめる男子学生のやり取り。

 そんな中、

「何騒いでんのよ」

 そこにみちるが現れる。

「あ、長里! 面白い事になってんだよ」

 みちるに声をかけたのは、一年生のときのクラスメイトでネオと幼馴染みの小倉優太(おぐら ゆうた)だった。二年生になってもネオとは同じクラスで、幼馴染みという名の線は切っても切れないようだ。

「ネッチーが喧嘩してるんだってよ!」

「ネッチー? ああ、ネオのこと?」

「ああ、オチがどーだのこーだのと、あいつが一方的にラッシュしていってなあ」

「……」

 優太が楽しく話すのをよそに、みちるの沸点が上昇していく。

「――ほんともう、どこまで言えば気がすむんかって」

「……だったら、止めなさいよ」

「え?」

「止めろって言ってんだよ!」

「うわぁ!?」

 みちるの背中から紅いオーラが湧き上がっているのを見て、優太はぞっとする。

 漆黒の女王……みちる様のご登場だ。

 漆黒の長い髪の毛先が刺々しくなった。

「道を開けやがれぇ!」

 右足から発生した地響きが、二年一組の教室を壁の様に防衛線を張っていた学生たちを慄かせ、静かに教室への道が開かれる。

 そんな周囲にネオと女子学生は目もくれず、ただただヒートアップしていく。と言っても、それはネオだけ。そして、戸惑う女子学生。

 当然、二人の間にいるみちる様の存在すら蚊帳の外だ。

 そんな錯覚から、二人は今、目覚める!



「コラ―――――――ッ! いつまでいじめとんじゃああああっ!」

 ドゴ――――――ン!!


「「ひいいいっ!」」

 女子学生の机が破壊されるほどの鉄槌(てっつい)から発生した電撃が、二人に向かって走る。

 ネオと女子学生はその電撃に痺れたのか、カク、カク、カク! と少しずつ制裁者の方へ見やった。

「フン!」

 腕組みしてそこに立っているのは、

「み、みっちぃ……」

 みちるだった。

 教室の外から見ていた優太も、やりやがった、とつぶやく。

 彼女の刺々しい漆黒(しっこく)の髪の毛先は、さらに洗練されたものになっていた。その姿はまるでSっ気たっぷりの悪の女王だ。心なしか背中から湧き出る紅いオーラが黒いオーラへと変色していた。

 ネオと女子学生のみならず、廊下にいるギャラリーの皆さんまでもが、女王の怒りに凍てつく。

 シーン、と者抜けの殻になったかのように静寂につつまれる。

 ややあって、みちる様からの、

「おまえらぁ―――っ! これは見せモンじゃねぇんだぞ! とっとと失せろ!」

 雷が学生たちを襲う。

「逃げろ―――――っ!」

 優太が叫ぶ。

「うわあぁぁっーっ!」、「悪魔が現れたーっ!」と、学生たちは一目散にその場から離れていった。

「……ったく、だれが悪魔だって? 失礼にもほどがあるっつーの!」

 廊下を横目で睨みつけ、ふう、と息をつく。

 いやいやいや、悪魔だったよ! 雷が見えたよ! と内心でツッコミしつつ、ネオはキッ、と睨み付けてくるみちるを見つめる。まだ、黒のオーラは消えていない。

「……」

 無言の怒りを抑えてもらうためにネオは、ははは、と笑いながら、

「てへぺろー」

 オチ収拾(しゅうしゅう)議論で思いついた案を実行してみる。これで少しはなごんだ、とネオは思った。

 しかし、


 ゴチ――――――ン!


 鉄球のような拳で、みちるは無言で頭を叩いた。彼女は強いのだ。中学校まで空手を習っており、その実力は黒帯レベルだ。

「いった〜いっ!」

 ネオは、涙目で叩かれたところ擦った。

「バカネオが」

 ふ〜っ、とみちるは拳に息を吹いた。

 二人をこうしてみると、妖艶(ようえん)で肝の据(す)わった姉といじっぱりの妹みたいな関係だなと、女子学生は思う。

「だってぇー」

「だってじゃない! また先生たちが目の敵になってもいいの!? ……ごめんね、ネオが余計な茶々を入れて」

「い、いえ」

 ネオの姉として謝るみちるに、女子学生は思わず両手を振る。

「はあぁー……センコーに怒られるし、みっちぃにも雷を浴びるしー、なんでこんなに運がないのよー」

 そのまま抜けた空気のようにぷっしゅーっ! と膝を床につき、ポンコツは女子学生の机に顔を伏せた。

「あ」

 それに目を丸くする女子高生。

「はいはい、ご愁傷様(しゅうしょうさま)。じゃあ、これからはバカなことをしないで仲良くやること! いい!?」

「はーい……」

「まったく」
 ネオの気の抜けた返事を見届け、みちるは漆黒の長髪をパサッ! と揺らし、教室から立ち去った。
「だ、大丈夫?」

 腑抜けになったネオを女子学生は、苦笑しながら見つめる。

「な、なんとか……」

 ネオは女子学生の方へ顔を見上げ、Vサインをする。

 その姿に、ははは、と女子学生は作り笑いするしかなかった。

「あっ、そうだ! その絵の事なんだけど!」

 思い出すかのように、自分の描いたものについて触れる。

「ん? これ?」

 ネオは立ち上がり、絵を彼女の机の上に置く。

「うん……あ、あの、その、ありがとう」

「へ?」

「わたし、絵であんなに大喜びして褒(ほ)められたの、初めてで。なんて言っていいか分からなくて……」

 ネオに喜びの笑顔を作って見せる。

「あ、ああ、そのことね。うん、分かればいいのよ!」

 うんうん、とネオは満足気に首を縦に振る。

「それにしてもほんと、すごいよなぁ〜」

 ネオは改めて、絵を見て目を輝かせる。

「ねぇ? これって、何かのキャラなの」

 そのままの体勢で、女子高生に訊(たず)ねる。

「うん。月刊『クローバー』って雑誌知ってる?」

「ああ、少女マンガ雑誌の?」

「うん。そこで連載している漫画のキャラクターなの。この話がすごく気に入ってて……」

「その漫画のタイトルは何ていうの? な〜んか、見たことあるんだけど……」

「『ミラーマジック』っていう漫画だよ」

「ああー、あの漫画ね! わたしも読んでる!」

「えっ、そうなの!?」

 口元に手を置き、意外、と言わんばかりの表情を見せる。

「わたし、あんまり漫画とか読まない方なんだけど、何故かこれだけはハマったのよ。どこかで見たことあるなーと思ったけど……なるほどねー」

 ネオは納得したような声をあげ、もう一度絵を見つめた。なるほど、やっぱりあのキャラクターだ。

「この漫画、二人のすれ違う恋愛模様を描いているでしょ。その中でいきなり予想できない急展開になるから、『この先どうなるんだろう?』って夢中になっちゃって」

「分かる分かるー。彼の方に実は想い人がいて、その子が何処にいるのか探したいとか、気になるんだよね」

「そうそう、それでね」

 ヒマワリの花が徐々に咲いていくように、会話が弾(はず)んでいくが、



 ――キーンコーンカーンコーン。


「あー、もう終わりなの。せっかくいいところだったのにー」

 首をカクンと下げるネオ。

 自分があの展開に持ち込んでしまったことを少しばかり後悔した。

「5、6時間目の授業は何?」

「数学Uだよ。で、その次が英語U」

「あちゃあ、わたしは英語Uで、6時間目が数学Uだよ」

 入れ違いかぁ、と残念そうにネオは額に手を当てる。

 もしかしたら授業の合間にヒソヒソと話すことができるかもしれないと思ったが、案の定、この女子学生は別の科目を取っていた。

 総合高校という名の通り、この学校は普通科や専門学科を設けているそれとは違い、大学のように自分の進路に合わせて科目を選べることができる。そのため、学生によって時間割が違うのだ。

「じゃあ、また後でね」

「うん。できれば帰る前とかに。ええっと、ええっと……ごめん、名前を教えてくれない?」

 あははは、と自分の情けなさに苦笑するネオ。

「竹下実緒(たけした みお)です、麻倉さん」

「ネオでいいよ。じゃあ、また」

「うん」

 実緒に手を振り、ネオは廊下側から二列目の一番後ろにある自分の机へと戻り、英語の教科書とノートを取り出す。

 実緒かぁ……いい友達になれそうね。

 胸を弾ませながら、ネオは自分を呼ぶ友達の下へと向かった。



※※※




「礼!」

 帰りのホームルームが終わる。

 ネオはカバンを持って早速、

「みおっち!」

 ――教科書を鞄の中に入れている実緒の下へと向かった。

 早くもフレンドリーにあだなで呼ばれた彼女は、

「あっ、ネオちゃん」

 何の抵抗もなく、気さくにネオの名を呼ぶ。普段はおとなしいけど親しくしてくれる人には打ち解けることができるのかも、とネオは胸を弾ませる。

「お疲れ〜、今から部活?」

「うん」

「やっぱり、美術部?」

「そうだよ」

「なるほど、納得」

「ネオちゃんも今から軽音の活動?」

「そうよ……ってなんで知っているのよ!?」

 こんなに大人しい子は自分のことをあまり知らないのでは、とネオは内心失礼ながらも疑う。

「え? だって、去年、あんなに騒いでいたら、誰もが注目するんじゃない?」

「うっ……そ、そうね。あんなに大々的なことをやっていたら、ね」

 あははは、とネオは苦笑を浮かべる。

 本当、あれは色々と迷惑なことをしたなと思う。

 学校のルールに乗っ取った行動をしたら、すんなり創部できたかもしれない。先生たちの説得よりも、先に生徒会とコンタクトを取って、味方になってもらう……とか。

 ――昨年、生徒会や先生の許可もなく、一年から三年までの全クラスに、誰もいなくなったタイミングを見計らって、教卓側の黒板に、「プレハブ小屋でゲリラライブ開催!」のビラを貼ったのだ。

 翌朝は大混乱だった。学生たちは、「おおーっ」、「楽しみだな!」と、感嘆の声をあげていたが、クラスを受け持っている先生たちは驚愕(きょうがく)した。「何の許可もなく宣伝するな!」と、担任の先生や、軽音の創部を良しとしない教頭にこっ酷く叱られた。そして、それを教えなかったみちるにも。当然、この独断専行(どくだんせんこう)のライブは中止になった。

 しかし、これが学生全員の注目の的になったのは、不幸中の幸いだった。

 休み時間に、「是非やってよ!」と、ライブの開催をクラスメイトやネオ知る学生にせがまれ、「勝手にプレハブ小屋を開催場所にするのは感心しないけど、少しの時間なら使ってもいいわよ」と友達を通じて、演劇部の部長に許可をもらうことが出来た。そして、生徒会にも話をして、「これで評判が良かったら創部について考えて!」と説得し、生徒会の認可を受けて、先生には内緒でゲリラライブの開催が決定したのだ。

 途中から駆けつけてきた教頭を始めとした、数名の教師たちが止めに入ろうとしたが、それは演劇部や生徒会、そしてプレハブ小屋に集まった大多数の学生たちがネオとみちるの盾となり、大盛況のうちに幕を閉じた。

 その結果、同好会の創部が認められた。

 創部という願いがかなって、ネオはみちるとともに喜びを噛みしめた。本当に心から喜んだ。同時に、色々な方たちに迷惑をかけたことも事実ということを忘れてはいけないと、ネオは思った。ここにいる学生のたちのおかげで、それが成り立っていることを。それを裏切らないために、自分なりに走っていかないと。

「うん、そうだよね……」

 視線を床に向けて、ネオはポツリと呟く。

「ネオちゃん?」

「ああ、ごめん、ごめん。ちょっと、去年のことを思い出したっていうか……」

 気にしないで! とネオは笑ってみせる。

「あ、そうそう。実緒、わたし、あんたの絵が気に入ったから、いつでもいいからいっぱい見せてくれない?」

「え!? ……で、でも、あまり期待しない方がいいと思うよ」

 自信なさそうな声音で答える。

「いいや! あんたはどんな絵でも上手い! いや、絶対!」

 あまり見せる気がない実緒を、ネオは自信たっぷりに励ます。

「でも……」

 実緒は自信のない表情を浮かべ、俯(うつむ)く。

 あー、もうっ! とネオは髪をかきながら、

「いーい、実緒! わたしは別にあんたの努力を否定するわけじゃないの! いや、否定なんかできないよ! 人が時間をかけて作ったものをバカにはできない。その人に失礼だし、頑張ることは素敵なことだもん。わたしはどこぞの批判住民とは違うから!」

 自分がどのように思っているか、言葉を探しながら実緒に伝える。

「ネオちゃん……」

 偽りのない強い瞳に引き込まれる。

「じゃあ、こうしよっ! わたしもお気に入りの曲とか部活で歌った音源とか見せるから、実緒も見せるってことで。これなら、おあいこでしょ?」

 初めからこう言えばよかったと思いながら、ネオは提案する。

「ネオちゃんがそういうなら……分かったわ。その代わり、私が持ってきた次の日は、ちゃんと持ってきてよ」

「りょーかい! 約束よ!」

 ネオは拳(こぶし)を作り、実緒の前へと出す。

 彼女はそれが何のことか一瞬戸惑うも、

「うん!」

 実緒も拳を作って、ネオのそれとコツン! と当てた。

「それにしても、ネオと実緒……うーん、名前も似ているからなのかなぁ。似た者同士だよね、わたしたち!」

 ね! と太陽のような笑みで、実緒の両肩をガシッとつかみ、顔を覗き込む。

 え、えええええ!! と実緒は困惑しながら、

「そ、そう?」

 と答える。

「うん! 絶対!」

 何を根拠に言っているのか、まったくもって意味不明だが、ネオは感慨深げに腕組みをしながら、うんうん! と頷く。

 そんな彼女に申し訳なさそうに、

「あ、あのー、それって名前だけじゃ、ないかなぁ……」

 それを金魚すくいの達人みたく、

「な、何よーっ! わたしと一緒だってことが嬉しくないの!?」

 スパッ! とすくい上げ、顔を風船のように膨らませて鋭い目つきで実緒の顔に迫る。

「あ、いや……」

「ネオー」

「!」

 ――実緒のピンチに応えるように、みちるが教室へと入ってくる。途端にネオは、急に姿勢を真っ直ぐ伸ばし、彼女を見つめる。

 黒薔薇の女王は、不機嫌な顔をしている。

「み、みっちぃ……」

「……早くしな。みんな、ネオを待っているから」

「え!? まだじゃないの?」

「今日は演劇部が休みだから、昼からやろうって言ったのはどこのどいつだよ?」

 ゴゴゴゴゴ、と揺れるのを感じる。

 え? ちょっと待って! とネオは速攻(そっこう)で昨日のことを頭の中でふりかえる。

 ――ええっと、夏休みに市内の音楽ホールでやる、『アマチュア・ロック・フェスティバルin IWAKUNI』の音合わせをするのは良いとして、昨日、活動前に演劇部の部長から「明日、休みだから、昼から使っていいよ♪」って言われて……、昼からやれる! いっぱい練習できる! うれしいーっ! ひゃっほぅっ! と大はしゃぎしていた……ね。

 ネオの額から冷や汗が垂れる。

「あは、あははははは……ごめんなさい」

 従順(じゅうじゅん)しているしもべのように、ペコッと謝る。

「まったく、夢中になりすぎなんだよ。見ろ!」

「あ……」

 辺りを見回すと、教室にいるのはネオと実緒だけで、がらんとしている。
 まさに、先ほどの昼休みと同じ展開。

  実緒も罪悪感を感じたのか、席から立ち上がって、

「ご、ごめんなさい! 気づいていたけど、ネオちゃんがあまりにも楽しそうに話すから、ついわたしも……」

「いや、謝らなくてもいいよ。悪いのは、迷惑ばっかりかける、こんの、ひ・と・で・な・し!だから」

 みちるはつっつくように、人でなしに向かって指を差した。

 ネオは実緒の足元にある自分の鞄をすぐに持ち上げ、ピンと姿勢を正した。



※※※




「じゃあね、実緒!」

 ネオは学校指定の革靴に履きかえ、下駄箱と下駄箱の間から見える実緒に手を振る。

「うん……また、明日」

 実緒も微笑みながら手を振る。

 ネオはすたすたと廊下を歩く彼女に目を疑った。

「……」

「ネオ?」

 呆然と佇(たたず)むネオに、みちるが肩を揺する。

「いや、今、寂しそうな顔をしてたような」

「そう? いたって普通だったけど」

「……」

 ――気のせい、よね。

 どことなく感じた違和感を胸の奥に押し隠し、ネオはみちると一緒にプレハブ小屋へと向かった。



第一章END 



   
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