新・永山あゆむの小さな工房 タイトル

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第四章(2)



「みんな、期待しているわよ!」

 今回のライブのオファーをもらった総合祭実行委員長――大山茜(おおやま あかね)がステージである講堂の舞台裏で、ネオとみちるを激励(げきれい)する。

「はい! 頑張ります!」

 ネオは気合いの入った声で返事をする。

 今日のネオたちは一味違う。この日のために、ライブ用の服を着ているのだ。

 moment'sの服は、メンバーでお金を出して作った――胸にLightと白字で書かれた半袖黒Tシャツ以外は、自由な服装をしている。

 ネオは腰の部分に、右足の膝(ひざ)まで届くくらいまでの赤いサッシュを巻き、紺色の三段フリルのミニスカートと合わせて黒のレギンスを穿(は)き、そして頭に黒のリボンをつけた、トレードマークのポニーテールというスタイル。プライドの高いリーダーを表現しているのだとか。

「今、先生たちにインタビューしている隼人、いや、片平(かたひら)がみんなのことを呼ぶから、そのタイミングで登壇(とうだん)してね」

「了解です!」

 とみちるがグッ! と茜に向かって親指を突き立てる。

 彼女は、ピンクのベルトを締めた、黒の短いプリーツ・スカート、黒のニーソックス、両手首には黒のシュシュ、そして腰まで届く漆黒(しっこく)のストレートパーマという、妖艶な感じになっている。制服を着てもそういう雰囲気があったが、さらに磨きをかけたようだ。

「茜さん! 例の件、お願いしますね」

「うん、まっかしといて!」

 茜はネオに手を振りながら、勝手口からでていった。


 ――総合祭(そうごうさい)。


 学生主体で日頃の成果の展示や催(もよお)し物を出して、学生はもちろん、保護者や地域の方々を楽しませる、学校の一大イベントの一つ。

 三年生は調理室を使って料理を販売しており、二年生や一年生は出し物を行っていた。中には生徒会と実行委員会の許可を得て、視聴覚室でお笑いをしている学生や、部活でイベントを開いており、午前中から大賑わいだった。

 ネオのクラスである二年一組では、教室をすごろくに見立てて作り上げた出し物、『サイコロ☆あどべんちゃー』をやっており、ネオは午前中、その運営当番をやっていた。

 大人から子供までが楽しめる出し物であったためか、色々な世代の方が楽しんでくれた。しかし、お客さんがしばらく来ないときは、運営しているメンバーで遊んでいた。
 もちろんネオも参加したのだが、誰が描いたのか、途中で『好きな男子を教壇(きょうだん)で叫ぶべし!』とかいう、突拍子(とっぴょうし)もないマスにネオは止まってしまい、二年生男子の中で誰が好きかを無理矢理言うはめになってしまった。

 ――その黒歴史はmoment'sのメンバーには内緒だ。

 そんなこんなでネオは総合祭を楽しんでいたが、やっぱり一人足りない。

 その件について、

「竹下さん、どうしたのかなあ?」とクラスメイトの女子。

「ほんと、何があったんだろ?」とクラスメイトの男子。

 午前中、ネオと一緒に運営当番になっていた実緒のことを、クラスメイトのみんなが気にかけてくれていた。

 その声を聞いて、ネオはすごく嬉しかった。

 実緒には、帰る場所があることを。自分を始めとするクラスメイトは、彼女が来るのを待っていることを。

 ――それを伝えてやるんだ!

 責任は重大だ……ネオは気の引き締まる思いで、講堂のステージを見続けた。

 先にジャズ演奏を行った、三人の先生のインタビューもあと少しで終わる。

 それを余所(よそ)に、moment'sのタイムシフトが近づくにつれ、ステージ裏からでもはっきりと聞こえるくらい、学生たちの人数や大人や子供のざわつきが大きくなっている。毎月やっている学校でのライブや夏休みのロックフェスに参加した結果なのかもしれない。

 ガチャ! と講堂内を偵察(ていさつ)した健斗(けんと)と巧(たくみ)が戻ってくる。

「人がものすごく集まってきたっス」

 健斗がネオたちに報告する。

 彼は頭に部活でも使う白のバンダナを巻き、両手には黒の指ぬきグローブ、ズボンは青のデニムと、いかにもカッコつけた着こなしをしていた。

 一方、

「緊張しますね……」

 と巧。緊張のあまり、手が震えている。

 彼は昨日言われたように、いつもの暗い雰囲気から脱却(だっきゃく)――いや、「自分を変えたいんなら、まずは服装からよ!」とネオに指摘され、彼女とみちるの自腹(バイトで貯めたお金)で買った、ビジュアル系バンドが穿いてそうな、彼の細い脚を美しく目立たせるスキニーチノ。腰のベルトはギラギラと銀色に輝いている。そして、他のメンバーのような緑色の体育館シューズではなく、黒のブーツを履(は)いている。本来はいけないが、今日は緑のシートが講堂中に敷かれているので問題ない。そして最大にして最強の武器、顔が整ったこのイケメン顔。いかにも某男性アイドル事務所でデビューできそうなテイストだ。

 その服装に似合わない、ガチガチの強張った顔をしている巧に、みちるは肘(ひじ)で脇腹をつつき、

「とか言って、ロックフェスのときは、相棒のベースを楽しそうに引いていたクセに」

「そうそう、今日もアレくらいやっちゃてよ!」

 ネオにも背中を軽く叩かれる。

「は、はあ……」

 どうしたらいいんだろう、と巧は思う。

 終わったら、またあの悪夢が――ライブ終わりに、また女子たちからサインを求められるのだろうか。

「あ、ああいうの……お、俺、苦手なんですけど……」

「なーに? タッくんのくせに先輩にケチ付ける気? それとも毎回あのようにできないってわけ?」

 巧の申し出にムッとなるネオ。

 彼は焦ったように、

「い、いや、ライブはちゃんとやりますけど……あ、あのですね……アレは、体が勝手に……あの人の多さで目が眩(くら)んで、無意識にああなってしまいまして……」

「嘘つけ!」

 健斗が鬼のような形相で巧を見つめる。

「け、健斗!?」

「巧、おまえお客さんと一緒にものすごく楽しんでいたじゃないか! 勝手に出しゃばって、そしてオレより先に女子たちの人気者になりやがって! ……いいか! 今日はおまえよりも俺が一流ってところを見せてやる!」

「え、ええっ!?」

 目から火花を散らす健斗に、巧は動揺する。

「はいはい、おふざけはここまでにして……あの子はまだ、来てなかったのよね?」

 みちるが健斗と巧に確認する。

「はい。実緒さんは、どこにも……」

「そっか……」

 ネオの顔が暗くなる。

 ――やっぱり、そうだよね。

 そんな言葉を胸の内で思っているネオに、

「心配すんなって!」

 みちるが軽くネオの背中を叩く。

「あんたの気持ちはちゃんと届いている。最後のとっておきまでには必ず来るはずさ。信じてみようよ!」

「みっちぃ……」

「なーに、来なかったら機材ごと実緒の家に運んで、意地でも生音(なまおと)を届ければいいんだよ!」

 みちるの大胆な発言に、「そんな無茶な……」とネオは苦笑い。しかし、励ましてくれる友の声に、鼓動(こどう)が静かになった。

「うん。大丈夫……大丈夫だよね! ありがとう、みっちぃ」

 張りのあるしっかりとした声音でネオは答えた。

「すいませーん! そろそろスタンバイをお願いしまーす!」

 暗幕のところに立っている、総合祭実行委員の男子が声をかける。

 どうやら『夢の舞台』に立つ時間のようだ。

「よーし、それじゃあ……」

 ネオがみちるを見つめる。彼女は頷き、

「うん! 円陣を組むよー!!」

 おおっ! と四人は円になり、みっちぃ、健斗、巧、ネオの順に手を重ね、本番前の儀式を始める。

「みんなぁ! 今日は思い出に残る最っっっ高のライブにするわよ!! いいわね!!」

「「「おおうっ!!」」」

 リーダーの叫びにメンバーが応える。そして、

「いくわよ! 一瞬の光をつかむのはー……せーの」

 四人の手が勢いよく弾み、

「「「「モウメ――――――ンツ!!」」」」

 一斉に天井に向かって振り上げた。

「さあ、行くわよ!」

 自分たちの音楽に絶対の自信を胸に秘め、ネオたちは今か今かと待ちわびている学生たちの下へ――自分たちが唯一大きな輝きを放つステージへと向かった。彼女たちの顔は岩国総合高校の学生ではなく、バンドグループ、moment'sの顔になった――。



※※※




「さあ! みなさん、たい! へん! 長らくお待たせしましたぁ! いよいよ、いよいよ、彼女たちのご登場です! 去年は女子学生デュオとして、学校中を騒がしていた二人が、今年は一年生部員を加え、生徒会と実行委員直々のオファーで参加が決定したこのバンド! 前へ踏み出す瞬間を、彼女たちとここで刻もうじゃないかあああああああああっ!」

 司会進行役である総合祭実行委員長の大山茜と同じクラスである、三年生の片平隼人(かたひらはやと)のやけくそ上等のハイトーンシャウトに、「わ――――――っ!!」と彼女たちを見に来た大勢の者がハイテンションな声をあげる。まるで講堂がライブハウスになったみたいだ。

「それでは、呼ぶぜえぇぇぇぇ!! 岩国総合を揺るがせた四人組公認ロックバンド!! モウメ――――――――――ンツ!!!!」

「ゥワ――――――――ッ!!」

 顔を赤くしながら、ステージから出ていく隼人とは対照的に、堂々と実行委員がセットしたステージへと向かう。自分たちのポジションへと移動し、みちると巧はあらかじめステージに置いているそれぞれの愛用の楽器を手に取り、健斗は後ろにあるドラムの方へ。それぞれ音を確かめ、巧とみちるはアンプを回して調節する。

 ネオは、ステージの目の前にいる学生たちを眺(なが)めた。衣替えの期間だからか、夏服とブレザーを着た学生が混ざり合っている。

 学年の枠を超え、彼らに興味を示してくれた彼らの声や大人たちの拍手が止まらない。それに応(こた)えるべく、ネオは見に来てくれた学生たちに手を振る。

 「ネオーっ!」、「みっちぃーっ!」と彼女たちを知る友達の大声や「ケンーっ!」、「タクー」と一年生たちの声援が、健斗と巧に向けて飛び交う。

 そして、少し後ろにある座席の方では、

「……」

 メガネを上げて、無表情でこちらを見つめる向井亮介(むかい りょうすけ)が座っていた。

 ネオの顔が一瞬、強張(こわば)る。

 ――見てなさいよ……。

 ネオはステージの中央あるマイクスタンドに手を添える。

 すると、

「ネッチー!」

 と気さくに呼ぶ声が。ネオは咄嗟(とっさ)に声のする方へと顔を向ける。

 ――げっ!

 クラスメイトであり、小学生からの長い付き合いである小倉優太(おぐら ゆうた)がいた。

 午前中、クラス内であったあの事が蘇る。顔が赤く変色しかけるが、気づかれないように顔を下に向けて持ち堪えた。今は、ライブに集中しなくては! 平常心、平常心。

 一時、目を瞑り、深呼吸をするネオ。

 ――さあ、開演だ!

 ネオは後ろにいる三人とアイコンタクトで確認し、講堂内にいる学生たちに向かって、

「こんにちはーっ! 軽音楽同好会バンド――『moment's』だぁっ、ぜぇぇ――――――いっ!!!!」

 ネオの声に、歓声のボルテージがさらに高まる。

「わたしたちが目標としていたこの舞台のために、選(よ)りすぐりの楽曲を用意してきたよぉーっ!! 今しかないこの瞬間を、高校生活の思い出に刻んでやるからなぁー、耳かっぽじって遅れずに、ついてこいよぉ――――――っ!!!!」

 さらに歓声(かんせい)が「WAAAAAAAAAA!!」に変わるくらいの臨場感へと増す! 「早くやってくれ!」というギャラリーたちの思いがひしひしと伝わってくる。

「いっくぜぇ――――、岩国総合――――っ!!」

 ネオが開幕の合図を告げる!

 ――ギュイイイイイイ――――――ン!!!!!

 みちるのハードなギター音が鳴り響く。

 そして、健斗のドラムが、
 ――ドドドドドドッ!!
 と唸り、
 ――ギュギュギュッ!!
 と巧のベース音が、それらの音を引き立たせる!

 ――総合祭最大の宴が、いま開幕した!



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