永山あゆむの小説・シナリオ創作ホームページです。
第四章(1) | ||
「……うっ……ううっ……」 空が隠れるくらい高い木に囲まれた暗い森に、一人の女性が地べたに座ったまま泣き続けている。 背は一五〇センチくらいで、肩までかかったふわふわした髪。緑の縦縞(たてじま)模様のパジャマで、大人しくて、か弱そうな容姿(ようし)だ。高校生ぐらいの年齢だろうか。 そんな彼女を、森という檻(おり)に幽閉(ゆうへい)されているみたいだ。 「なんで……なんで、わたしだけ……」 手を伸ばしても一筋の光を手に入れることもできない絶望感。それを証明するかのように、 『おまえには孤独がお似合いだよ! アハハハハ!』 彼女を蔑(さげす)む不気味な男の声が周りから聞こえてくる。おそらく向井亮介(むかいりょうすけ)が言っているに違いない。そして、それを肯定するように、木々たちから『ハハハハハ!』と蛮声(ばんせい)が聞こえてくる。これは今まで黙秘していた美術部部員たちの内なる声なのだろうか。 「嫌だ……嫌だ……っ!」 その嗤(わら)い声に傾けないよう、少女は必死に耳を閉じる。 誰か……誰か、私を、ここから……。 私は進みたいの! 夢を叶えたいの! だから、こんな深い森の中でも……誰でもいいから、私の声を……。 「だれか、ここから助けてよぉ――――っ!!」 喉につっかえていた言葉を、懇願(こんがん)するかのように見えもしない空に向かって大声で吐き出す。 すると、 キ――――ン!! 耳につんざく音が空から聞こえ、光が闇夜(やみよ)の森を強く照らす。 「……」 上空の光に、彼女は思わず立ち上がり、目を丸くする。 『ギャアアアアア!!』 彼女を嘲(あざけ)る声の主や木々たちの声が苦しみに変わり、森は光とともに消滅していった。 そして世界はあっという間に白一色へと変わった。 彼女は呆然と見つめる。なんという暖かい光。幸福に満ちているみたいだ。 (それが、アンタの望みね) 「えっ?」 自分と同じくらいの女性の声が聞こえた瞬間、テレビゲームのように空のグラフィックがパッと緑豊かな星が輝く丘へと変わり、彼女はそこに立っていた。星たちは強く光を放ち、しっかりと存在証明をしている。 その中心には大きな満月。 (その願い、叶えてあげる) 大きな満月が光を放った瞬間、彼女の前に白く輝く、自分より少し背の高い女性のシルエットが現れる。長い髪は、後頭部の高い位置で結(ゆ)っているように見える。顔が分からなくてもその奥では、穏やかな表情をしているのが不思議と少女は理解できた。 (さあ、手を) 言われるがままに、女性の手を握(にぎ)る。 この暖かい手――ああ、そうだ。私を『アンタ』と呼ぶ時点で誰だか分かるじゃない。 私を助けてくれるのは貴方なの? (行こう、一緒に。前へ) 「うん」 やっぱり。 私を『親友』として見てくれる暖かい声。 彼女しかいない。 「ねぇ、貴方の名前、もしかして――」 ※※※ ピピピピ! ピピピピ! 「!」 実緒(みお)のすぐ目の前に置いてある、目覚まし時計が鳴り、その音に合わせて目が覚めた。 目を開けると、そこに広がるのはピンクだらけの自分の部屋。 ――あれは、夢? 実緒はゆっくりと起き上がり、布団をたたんだ。 そうだよね。私を助けてくれる人は、もう誰も……。 実緒はその場に座り込んで憔悴(しょうすい)した。 自分がコーディネートしたピンクの部屋も黒く染まっているように見える。 置いてある絵を見つめるたびに、破れたり、ラクガキされた絵ばかりが脳裏に浮かぶ。自分を否定されて、ズタズタされた自分。そう思うだけで、周りも敵だらけに見える。 そのことを、自分のことを親友と呼んだ人にも言ったのだ。私を助けるひとは、もういない。 実緒の心は、絶望感でいっぱいだった。この心はもう……今日見たあの夢のように誰か……。 すると、 「シー、ディー?」 昨日何もなかったはずのローテーブルの上に、CDケースが置いてあった。 『いい曲だから聴いてみて』 母親が書いたメモが貼っており、実緒はとりあえず書かれた通り、ケースを開けてCDを取り出し、再生した。 「!」 その歌声に、実緒の目が大きく見開いた。 ――この声は、ネオちゃん? ゆっくりと始まる旋律(せんりつ)から、彼女が力強く歌い上げる。その声は優しさで溢(あふ)れ、実緒の心に強く響く。 まるで、自分のために歌っているような気がした。ひとりじゃない。一緒に行こうよ、見守っているから、と言われているみたいだった。自分のことを、存在を、認めてくれている。 自然と、涙が溢れた。 そして、曲が終わった後、 『実緒へ』 彼女からのメッセージだった。 『お元気ですか。うーん、やっぱり親友に対して『ですか』って改まって言うのは気恥ずかしいなあ、あははは。……普通に、わたしなりの言葉で言うね。 最近はどう? 実緒が元気でやっているのか、すごく、すごーく、心配だよ。あの雨の日からずっと考えているんだよ!あの日は本当にショックだった。なんでって? そりゃあ、実緒がわたしから離れてしまったからだよ。こんなこと、小学生の頃に続いて二度目だよ。何度も言うけど、ホントに、本当にショックだった。悔しかった。なんでまた、親友の悩みに気づくことができなかったのか……うー、思い出すだけで自分に腹が立つなあ。本当に、最低だよね……ごめんね。 わたしは……わたしはね、実緒のことは本当にバカになんてしていない! これだけは事実! それに、みっちぃだって、健斗(けんと)やタッくんだって、すごいと言ってくれたんだよ。本当なんだから! moment’s(モーメンツ)は実緒の絵を大絶賛してるよ! 認めてるんだよ! だから……聞いてほしいものがあるの! わたしの気持ちを――今さっき流れたこの歌を、直接実緒に届けたい! CDではなく、生の声で! わたしが気がづいたように、実緒にも『ひとりじゃない!』っていうのを! 傷つけられても、わたしたちmoment’sがいつまでも味方だってことを! いつも背中から見守っているってことを! だから、怖いかもしれないけど……学校に来て! 『騙(だま)された!』と思って来てみてよ! わたしたち――わたしが、実緒のために用意したこの曲を、最後に届けたいから! 今日の総合祭――午後二時から一時間半、わたしたちのライブがあるから、最後の曲までには……来てね。必ずよ! めちゃくちゃな言い分になっちゃったけど、これがわたしの本音だから。この想いだけは、変わらないから! だから……待ってるよ!』 「ネオ……ちゃん……」 友達、いや、親友からの正直な――熱い想いが感じる。 強引なところもあるけど、常に笑っていた。 夢に向かって一緒に頑張ろうと言ってくれた大事な友人。 「……ネオちゃん……わたし……わたし……」 ――行かなくちゃ! 涙で濡れた目を手で拭いて、自然と実緒の足は、制服が置いてあるクローゼットの方へと動いた。 彼女に、会いに行くために! |
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