新・永山あゆむの小さな工房 タイトル

永山あゆむの小説・シナリオ創作ホームページです。

第三章(4)



 ――10月4日。夜。

 夜の闇に包まれ、静寂と化している中、岩国総合高校の片隅にある、演劇部が使っている古ぼけたプレハブ小屋の中から、ギュイイイ――――――ン!! と強く輝く一等星のように、自分たちの存在を示している。

「イエ――――――――――ッ!!」

 ネオが高らかにシャウトする。

 それに呼応するように、後ろにいる三人が――エレキギター(みちる)、エレキベース(巧)、ドラム(健斗)が狂乱的に鳴り響く。

 周囲にある古臭い窓ガラスから、うるせぇ! と教師たちが忠告しているかのように、ガタガタと揺れる。しかし、彼女たちの前では演奏楽器の一つに過ぎない。その音も、かき鳴らす音色へと変化する。

 四人はアイコンタクトを取る。
 ボーカルの女子が両手を勢いよく振り下ろす。

 そして、


 ド――――――ン!


 バンバン!

「やったぁー! 何とか間に合ったー!」

 リハーサルを終え、ネオは両手を上げて喜びを露(あら)わにした。

「ああ、間に合ってよかったよ」

 ふう、とみちるが一息をつく。

「そうっスね!」

 奥にあるドラムセットのところに座っている、白いバンダナを巻いている男子――健斗が、

「これで明日はばっちりっスね! これでオレの冴えわたるドラムさばきと美声が、女子たちのハートをがっちりとつかめますね!」

 親指を突き立てて、ニッ! と白い歯を二人に見せる。

 オレはかっこいい! と思っている彼を、

「アンタのそのナル男(お)っぷりもね」

 とネオは呆れた表情で見つめ返す。

 ナル男――健斗はムッとなり、

「な、ナル男じゃねぇっスよ! オレはただ、オレのカッコ良さが明日際立つなと思っただけで」

「だからあたしらにそう呼ばれるんだよ!」

 みちるが横から入ってくる。

「み、みっちぃ先輩まで……。あーもう、わけわかんないぜ」

 「自覚がないのかい!」と先輩二人からツッコミを受けているところを、

「……ふふ」

「あっ、タク! お前、笑ったな!?」

 せっせとベースを直す、巧の背中を健斗は見つめる。

 ホック付きの緑のネクタイをきっちり身に着け、シャツはズボンの中に入れているという、岩国総合生を代表する着こなしをしている。シャツ出し三人とは大違いだ。

「……いや。笑っていないよ」

「ウソつけ! 聞こえてたんだぞ! お前までオレの敵になるのかよ!?」

「そ、それはないけど、それよりも、片づけなくてもいいの?」

「あっ、ほんとだ」

 ネオは巧の真上にある、壁に飾られている時計を見上げる。巧の言う通り、八時一五分前を指している。

「無駄話してる時間はないわね。早く片付けるわよ! 特に健斗! アンタのが一番大変なんだから!」

「分かりましたよ。ちぇっ、真面目なヤツなんだから……」

 受け流すのが上手いヤツだなあと思いながら、健斗も片づけ始める。彼のドラムや譜面台は音楽室から借りてきたもので、校舎を完全に締め切られる八時までには返さないといけないのだ。

 四人は急いで片付けを終え、借りてきた機材を持ってすぐにプレハブから出ていった。



※※※




 昇降口前。輝く星空の下、機材を無事に返した四人は円になって、

「よーし、明日はいよいよ総合祭本番だ! あたしらが目標にしていたステージだ。学生たちに、あたしらの最高のパフォーマンスを胸に刻んでやろうぜ!」

 みちるが今日の活動の締めを告げる。

 明日はいよいよ総合祭――文化祭である。

 自分たちが目標にしていたステージに立てる、待ちに待った日。

「うん。ここまで頑張ってきた成果を出そう!」

 ネオの言葉に、三人は頷く。自信に満ちた表情で。

「そして明日は、総合祭のためにみんなで決めたコスチュームをぜぇったい、忘れないように! 特に巧! 恥ずかしいとか言ってワザと忘れんじゃねぇぞ!」

 ビシッ! と巧に向かって勢いよく指を差すみちる。

「え……本当に、あれを着るんですか……?」

 全くこの男は、動揺する巧にネオはため息漏らし、

「……何度も言うけど、タッくんが言ったのよ。『後ろ向きな思考を、音楽を通じて変わりたい』ってあんたが言うから、わたしたち三人のコスチュームよりも三割増しの良い服を買ったんだから」

「た、確かに言いましたけど……やっぱり、それとこれとは……」

 話は別なのでは……、と先輩の前で口をこぼす。

「いーや! まずはその真面目な服装をまず変えることが何より大事よ! それに、ロックフェスであれだけ人気者になったんだから、ここでも女子生徒の需要を増やすべきよ! イケメンがもったいないわよ!」

 需要って……別にそこまでモテる希望はあまり、と巧は思いつつも、無口な自分への先輩方のご厚意(こうい)なので、

「……わ、わかりました。……ネオさんがそこまで力説する、なら」

 顔を赤くしながらしぶしぶ承諾した。

「うん、ばっちりキメてきてよね! タッくんはカッコイイんだから、自信を持ってよ!」

「は、はい……」

 ネオは、うんうん、と頷く。それを黙ってみるしかなかった巧に健斗は、

「ネオ先輩に言ったのが間違いだったな、ドンマイ」

 と、囁(ささや)く。しかし、

「あらぁー? 健斗、わたしの、タッくんへの愛ある支援に茶々入れる気?」

「い、いーえ、何でもないっス!」

 健斗はビシッとネオに向かって自衛隊のような背筋をピンと伸ばし、綺麗な姿勢をとる。

「まったく。あんたたちには緊張のカケラがこれっぽっちもないんだから」

 みちるは額に手を当てて、ネオと健斗のやりとりに呆れる。

 ははは! と、ネオは笑い、

「でもそれが、わたしたちらしさ、じゃない?」

「そうっスよ、変に気構えるのって性に合わないっスよ、みっちぃ先輩」

 健斗が続ける。

「うん! みんながありのままの気持ちで音と声を届けるのがわたしたちmoment’sだよ」

「……そうですね」

 ネオの言葉に賛同する巧。

 そんな彼女たちの言い分にみちるはふふっ、と笑みを浮かべ、

「まっ、確かに、こんな個性派ぞろいに、なーにを言っても無駄だわな」

 彼女の開き直った発言に、ぷっ! とネオが吹き、ははははは! とメンバーは大笑いした。これがバンドとしての『あるべき姿』なのかもしれない、とネオは思った。
 存分に大笑いして落ち着きを取り戻したメンバーは、真剣な目つきで各々の顔を見つめ合う。

「……」

 時がとまったような数秒の沈黙が続いたあと、

「あとはこれだね」

 ネオはカバンからCDケースを取り出す。この中身には、昨日完成した『あの曲』が入っている。アイツのために歌った曲が。

「明日、来る、かな……?」

 心配そうな表情でネオはメンバーに訊ねる。これが、彼女の心に届くのだろうか? 不安でたまらない。
 そんなネオを気遣(きづか)うように、みちるはポン、とネオの右肩に手を置く。

「大丈夫。あの子は絶対に来るよ、必ず!」

 みちるはコクリ、と強く頷く。

「あんたは不器用で、まっすぐで、友達想いだってことをあたしは知っている。そんなネオだから、ここまで活動ができたと思っている。あんたのその諦めの悪さは、大げさかもしれないけど、みんなを『前』へと向かう力をくれた。今回も、きっとそうに決まってる! 信じよう、あの子を! そして届けよう、あんたの想いを!」

「そうっスよ! ネオ先輩を信じてオレたち――オレは、無謀(むぼう)とも言えるスケジュールを乗り越えてきたんですから、自分を信じてやってくださいよ。じゃないと、信じた意味がないっスよ。なあ、タク?」

「……あ、ああ」

 巧は健斗の意見に賛同し、ネオを見ながら、

「ネオさん……だ、大丈夫ですよ。ネオさんみたいな方を裏切ることは絶対にない、はずです。俺だって、ネオさんのおかげで、前を向いていられる、から……」
 恥ずかしそうに、最大限の思いを伝える。

「巧、『はず』ではない、だろ?」

「そ、そうですね! す、すいません、ネオさん!」

 巧は慌ててネオに向かって、お手本と言えるような斜め45度の角度で、ビシッと謝罪の一礼をする。

「ははは」

 ネオは苦笑いを浮かべる。

「タク、真面目すぎ」

 健斗につっこまれ、巧は、

「ううっ……」

 顔を赤らめ、俯く。その形相に笑うみちると健斗。

 このやり取りで、ネオはあることを再認識した。

 わたしは一人で戦っているんじゃない。メンバー全員がわたしの友人のために戦ってくれている。背中にはみんながいる。だから、わたしはここに立ち続けることができたんだ。自分が作った『あの歌』のように。笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだり、色々な感情を分かち合える『当たり前の生活』を壊すことは許されないんだ。明日は、それを守るために歌うんだ。みんなと一緒に。

 そう思うと、体中に満たされていた『不安』という二文字が消えた。

「みんな、ありがとう」

 ネオはメンバーに感謝の言葉を告げる。

「何をいまさら。やってやろうぜ!」

 みちるはネオに向かって拳を突きだす。

「うん!」

 ネオもそれを突きだし、彼女の拳に軽くぶつけた。

「よーし、最後はアレをやるよ! ネオ、いいよね」

「もっちろんよ! じゃあ、明日に向けて気合いをいれちゃおう!」

「ま、マジっスか!?」

 みちるの提案に、健斗は思わず上体を軽く反らす。

「何? あたしが考えた本番前のゲン担ぎが嫌だっての?」

「い、いえ、こんなところでやるのが、なんだか恥ずかしくて……」

「へえー、健斗、いつも偉そうなことを言っているのに、意外とシャイなんだー」

 ネオが茶化す。

「そ、そんなわけないじゃないっスか! みっちぃ先輩、とっととやりましょう!」

「はいはい。あたしたち以外、誰もいやしないよ。……はい、健斗!」

「うっス!」

 みちるが四人で作った円の中心に差し出した手の上に健斗が手を重ね、

「タク!」

 巧が黙って手を重ねる。そして最後に、

「ネオさん!」

「うん」

 最後にネオが手を置く。

「リーダー! 頼むよ!」

 みちるの掛け声に、分かった! とネオは応(こた)える。

「みんなぁ! 明日は最っっっ高のライブにするわよ!!」

「「「おおうっ!」」」

「いくわよ! 一瞬の光をつかむのはー……」

 勢いよく弾ませ、四人の手が一斉に振り上がり、

「「「「モウメ――――――ンツ!!」」」

 気合いの入った彼女たちの声が、空に向かってこだました。



※※※




 部活が終わり、ネオとみちるは一年生二人組と別れ、

「ごめんくださーい」

 実緒の家を訪ねた。

「あらネオちゃん」

 玄関のドアが開き、実緒の母が二人を迎える。

「こんな時間にどうしたの?」

「いえ、ちょっと、実緒が元気かなあって……」

「わざわざありがとう。だけど、あの子はまだ部屋でずっと塞ぎこんでいて……」

「そう、ですか……」

 母親の暗い表情が、ネオたちまで暗くする。

「ごめんね。せっかく来てくれたのに」

 申し訳なさそうな精一杯の笑顔をみせる実緒の母。

「いや、いいんです。そ、それよりも、今日はこれを渡したくて……」

 ネオは、実緒の母にCDケースを差し出す。

「これは?」

「明日、文化祭――総合祭があるんですけど」

「ええ。知っているわ」

「このCDは、明日のステージでわたしたちが歌う曲が入っています。わたしたち、ライブをやるんです」

「まあ……」

 実緒の母は、少し口を開ける。

「わたしたち、落ち込んでいる実緒を元気づけたくて……というか、学校で、もっと話をしたり、楽しいことを実緒といっぱいしたいから……。だからせめて、わたしたちだけでも、わたしたちだけは、実緒のことを大切に想っているって、届けたくて……」

「ネオちゃん……ありがとう」

 実緒の母は、受け取ったCDを見ながら、

「あの子は幸せ者ね。友達に、こんなに大切に想われているんだから」

 と微笑(ほほえ)む。

「はい。実緒は……あたしたちの活動のために、絵を描いてくれてPRをしてくれました。彼女にはとても感謝していますし、あたしにとっても大切な友達です」

 ネオの隣にいるみちるが、想いを伝える。

「それで、おばさん。あの、難しいとは思いますが……頼みたいことがあるんです」

「頼みたいこと?」

 ネオは覚悟を決めた真剣な表情で実緒の母を見つめる。

「これを実緒に渡したうえで……明日、明日だけでいいです。実緒を、学校に連れてきてくれませんか?」

「え?」

「わたし、実緒の前でこの曲をどうしても歌いたいんです! この歌は、実緒の前で歌ってこそ意味があると思うから……」

「ネオちゃん……」

「だから、お願いします! いつでもいいから、わたしたちのステージが始まる二時頃でもいいです! 実緒を連れてきてください!」

 ネオは実緒の母に深々と頭を下げた。それに続けて、

「あ、あたしからも、よろしくお願いします!」

 みちるも頭を下げた。

「ちょ、ちょっと二人とも、顔を上げて」

 二人の姿勢に、実緒の母は困惑気味(こんわくぎみ)に「うーん」としばらく考え込んだ。
 そして、

「そうね……そうよね。分かったわ。実緒の大切な友達の頼みだものね。明日は仕事が休みだし……うん。なんとかしてみるわ」

「ほ、本当ですか!?」

 ネオの喜びを含ませた声音に、実緒の母は頷き、

「うん。とりあえず、このCDを実緒に渡しておくわ。来れるかどうかは、あの子の気持ち次第(しだい)になるけど、それでもいい?」

「はい! それだけで十分です」

「ありがとうございます」

 ネオとみちるはまた、深々と頭を下げた。



※※※




「これでいいんだよね、みっちぃ」

「うん」

 帰り道。二人は実緒のことを考えながら、自転車を押して団地の長い坂を下っていく。

 ここ一週間、ずっと彼女のことばかり考えていた気がするなとネオは思った。

 あの日から――実緒がドアを閉めて、ひとり別の世界へ行った時からずっと。

 アイツが行く世界は、そこじゃない。わたしたちと同じこの輝く世界だ。夢に向かって苦しみながら、楽しみながら、みんなで渡っていくこの世界だ。

 そこから手を取って、実緒を連れ出すためにやれるだけのことは、全部やった……と思っている。

「明日、大丈夫よね」

 言い聞かせるかのように、ネオはみちるに訊ねる。

「大丈夫さ。ネオの気持ちは、必ず届くよ。おばさんも、伝えるって言ったんだから」

 みちるがネオの背中を優しく叩く。

「信じよう、実緒を」

「うん」

「さあ、早く帰ろう。明日は早いよ」

 みちるは自転車に乗り、先に行った。

 ネオは足を止め、空に浮かぶ月を見上げた。今日もキラキラと輝き、彼女を優しく照らしている。自分がここにいてもいいと伝えているみたいだった。

 そして、浮かぶシルエットはうさぎ、ではなく、親友の顔。牢屋にこもって、ただ泣いている彼女。

 ネオは目を閉じ、片手を胸元の近くで握りしめた。


 ――実緒。わたしの想い……届けるからね!


 どうか実緒が少しでも元気になりますように、とネオは輝く月に願いを込めた。

第三章END 



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