・モノローグ
杏子のモノローグが入る。
杏子(モノローグ(以下M))「阿澄杏子。それがあたしの名前。高校までは都会暮らしで、今は山に囲まれた辺境の大学で一人暮らしをしている。なぜなら、都会にはいい思い出がないから。だからせめて、都会から離れた場所へ行って、心機一転したかったのだけど、寂しさだけは、一緒についてきたままだった……」
・大学 廊下
チャイムの音が鳴る。
学食へと向かう杏子。
学生たちが友達と一緒に向かっている。
杏子「ふあーあ」
あくびをする杏子。
杏子「あの授業、なんであんなに眠たいのかなあ。みんなサボってばっかだし。真面目に受けるあたしがバカじゃないの。はあー」
ため息をつき、顔を下に向ける杏子。
明寿香(声のみ)「そこがきょうちゃんのいいところじゃない」
杏子「え!?」
急に顔をあげる杏子。
立ち止まるも、明寿香の姿はない。
学食に向かう学生たちの群れと雑踏。
杏子、寂しさを我慢するかのように、
杏子「気のせい、か」
杏子、友達が待つ学食へ歩き出す。
・大学 学食
学食の中を歩く杏子。
テーブルに囲まれた席で、学生たちがそれぞれの友人たちと食べている。
その中で、清水 香奈(しみず かな)(20)の声が。
香奈「キョーーーーン!」
杏子、大きく手を振る香奈に気づく。
杏子「香奈ちゃん」
杏子、香奈のいるテーブルへ向かう。
香奈や他の友人――伊崎莉帆(19)と上村亜紀(20)が座っている。
杏子「莉帆、亜紀ちゃん!」
莉帆「よっ! 杏子、お疲れ!」
亜紀「ごめんねー、さぼっちゃって」
杏子、自分が座る席の前で立って、不満そうに、
杏子「ほんとだよー。あたしもあの授業、受けている中で、一番面白くないって思っているんだから」
香奈「ごめんごめん。バイトが遅くまであったから寝坊しちゃってさ」
莉帆「わたしも昨日、サークルの子たちと夜まで騒いじゃって」
亜紀「アタシもー」
杏子「亜紀ちゃんは何もやってないでしょー」
亜紀、可愛く、
亜紀「てへぺろー」
杏子、あきれ顔で亜紀を見て、
杏子「そんなの、あたしに通用しないわよ。ほんっと、みんな言い訳ばっかりなんだから。せっかく今日やったとこのメモと、これを用意したのに」
杏子、大きな鞄をテーブルの上に置く。
鞄を見つめる三人。
香奈「おおー、キョンのスペシャル弁当」
弁当に手を出す香奈。
杏子、サッと鞄をテーブルから離す。
香奈「わあああっ!」
よろめく、香奈。
杏子、目を細めて、不機嫌そうな声で、
杏子「何か言うことがあるでしょ!」
杏子の態度に、黙ったまま顔を合わせる、香奈、莉帆、亜紀。
三人は、立っている杏子に頭を下げて、
香奈「杏子さま! この度の無礼、お許しください。どうか我々に、至福のひと時をお与えください」
莉帆「もうあなた様を裏切りません」
亜紀「神様仏様、杏子さま」
杏子、片目を開けて三人が頭を下げているのを確認する。
そして、再び目を細めて、
杏子「よろしい」
杏子、鞄を置き、四人分のタッパーを取り出す。そして席に座り、割りばしとセットに三人に渡し
ながら、
杏子「まあ、昨日とあまり変わらないけどね」
香奈、タッパーのふたを開ける。
香奈「わあああ、おいしそー。いっただきまーす」
香奈、卵焼きを食べる。
香奈「あむあむ……うーん、この卵焼き、相変わらずおいしー」
莉帆「ほんと。いつもありがと」
杏子「いえいえ、ライフワークみたいなものだから。やってないと気が済まないし」
亜紀「なんか、おやじくさいよ、キョン」
杏子「わ、悪かったわね」
莉帆「高校のときからやってるの?」
杏子「うん。高校の時から趣味でやってて、友人に毎日渡していたから」
香奈「そうなんだー」
笑っている三人の顔に微笑む杏子。
自分の弁当を見て、少し寂しそうな表情を浮かべる。
杏子(M)「ここにあの子がいたら……」
明寿香(声のみ)「よかった、楽しそうにやってるね」
杏子「……っ!」
杏子、急に立ち上がる。
辺りを見回す杏子。
莉帆「杏子ちゃん?」
香奈「どしたの?」
杏子「い、いや、なんでもないよ」
席に座り、胸に手をあて、
杏子(M)「き、気のせいよね……」
杏子、そわそわする。
亜紀「それよりも、あの話、本当なのかなー」
莉帆「あの話?」
香奈「亜紀ちゃん、迷信だよ、絶対」
亜紀「だって、確かめてみないと分かんないじゃん」
莉帆「あのー、話が見えてこないんだけど」
香奈「ごめんごめん。莉帆とキョンは地理学取ってなかったんだよね。昨日の授業で、先生が面白いことを言っててね」
杏子「面白いこと?」
亜紀「うん。実は大昔、この大学の周りに、霊的なものを祀っている集落があって、そこで採れた野菜や果物を捧げると、見返りに結界を張って守ってくれる女神さまがいたっていうんだ」
莉帆「そ、そうなんだー」
杏子「集落の名残は今も残っているの?」
亜紀「何でも、大学の裏山の麓に女神が眠っている泉があるんだとか」
香奈「昔は結界を張って守っていたけど、実のところ、本当は人の望みを何でも叶えてくれる力があったみたいだよ。例えば、死んだ人をよみがえらせる、とか」
杏子「よ、よみがえらせる!?」
杏子、前のめりになって香奈を見る。
香奈「キョン、驚き過ぎ」
杏子「あ、ご、ごめん」
莉帆「何でも願いがかなうかー、すごいね」
亜紀「絶対叶うんなら、アタシにあったセレブでかっこいー男子を召喚してほしいなー。そして、大豪邸という名の愛の巣で……ひゃあああ―――――っ!!」
杏子、香奈、莉帆、あ然となる。
莉帆「亜紀ちゃん……」
香奈「夢見すぎ……」
杏子「へぇー、死者をよみがえらせることができたんだ。すごいね」
莉帆、興味津々に、
莉帆「なになに? 杏子ちゃん、会いたい人がいるの?」
香奈「えっ!? まさか、生き別れの彼氏がいたの!?」
杏子、慌てながら、
杏子「そ、そんなんじゃないよー。ただ、本当なら、すごいなぁーって思っただけ」
香奈「ほんとー?」
杏子「ホントーだってば!」
夢中になって話す四人。
杏子のモノローグが入る。
杏子(M)「そう、それが本当なら、どれだけ幸せか……」
・杏子の家(夜)
外からスズムシなどの虫の音が響く。
杏子、パジャマを着ている。
電気を消し、月の光が窓から差し込むなか、ベッドで仰向けになって天井を見つめている。
杏子「なんでも願いを叶えてくれる、か」
杏子、寂しそうな口調で、右手を天井に向かって伸ばす。
杏子「ねぇ、明寿香。なんであの時、あたしをここに残したの? 明寿香のいないところで、幸せになんて……」
瞳に涙をにじませる杏子。
杏子「それにしても、あの声……」
今日聴こえた声を思い出す杏子。
杏子「迷信かもしれないけど、きっと、あたしだけしか聞こえない声だ。もしかしたら、本当に……」
目を堅く瞑る杏子。
杏子「ここで動かなかったら、きっと後悔する。ダメもとでも、本当だったら……!」
杏子、起き上がり、決意を込めた声で、
杏子「よし!」
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