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 ○音緒の家1F キッチン
 
 キッチンでバレンタインデーのチョコレートを作っている音緒、朱莉、楓華(ふうか)、実緒。
 音緒は縦縞の入ったジャージを着ている。他の3名は外行きの服を着ている。
 音緒、溶かしたチョコレートを型に流す作業をしている。緊張して腕が震えている。
 
 音緒「……うーっ」
 
 朱莉、音緒の手つきに緊張した声音で、
 
 朱莉「……いいよ、ネオ。そのまま、そのままチョコレートを型に流すのよ」
 
 音緒「わかってる! 集中しているから話しかけないで!」
 
 実緒「ネオちゃん、がんばって」
 
 楓華「ファイト!」
 
 実緒、楓華、祈るような気持ちで音緒を見守る。
 音緒、慎重に、
 
 音緒「あと少し、あと少し……」
 
 音緒、ゆっくりと溶かしたチョコレートを型に流す。
 
 【SE】型に流す音。
 
 数分後、
 
 音緒「……で、できたあ―――っ!」
 
 朱莉「ふううっ。相変わらず、慣れないことには緊張すんのね。おかげでこっちまで緊張したよ」
 
 楓華「うん。思わず手を強く握っちゃった」
 
 音緒「苦手なんだからしょーがないじゃん。あー、手がビリビリする」
 
 実緒「おつかれさま」
 
 音緒「ありがと、実緒。これでやっとひと段落ね」
 
 朱莉「いーや、これはまだまだ序の口よ。チョコを固めて、渡して、気持ちを伝える。そこがゴールなんだから」
 
 音緒「はいはい。じゃあ、冷凍庫に」
 
 楓華「そうね。入れましょ」
 
 チョコレートを冷凍庫の中に入れる。
 
 【SE】冷凍庫を開ける音。
 【SE】冷凍庫を閉める音。
 
 
 ○ネオの家1F リビング
 
 
 テレビがついている。
 音緒、背を伸ばしながら、
 
 音緒「う――んっと! あー疲れたーーっ」
 
 朱莉、あきれた口調で、
 
 朱莉「音緒、なんか、じじくさいよ」
 
 ネオ「ほっといてよ。いいから早く座ろうよ」
 
 音緒の隣には実緒。実緒の向かい側には楓華。楓華の隣には朱莉が座る。
 
 実緒「音緒ちゃんって、お菓子作りや料理はしないの?」
 
 音緒「やってみたいんだけど、音楽のことで精いっぱいだから。それに、小学生のときのトラウマがあって……」
 
 朱莉「あー、家庭科の授業で火加減間違えて、あやうく火事になりかけた、あの事件?」
 
 楓華「火力を最大にしっぱなしだったから、『音緒火事いっぱーい』と言われたあの……」
 
 音緒、朱莉と楓華に向かって指をさし、
 
 音緒「そこ! 思い出さないの! と、とにかく、今はバンドのためにやることがいっぱいあるからできないの! できないったらできないの!」
 
 楓華「やけくそ感出しすぎよ」
 
 実緒「あははは……」
 
 朱莉「音緒が筋金入りの音楽バカだってことはみんな分かってるからねー」
 
 楓華「そうね」
 
 音緒「な、なんかバカにされてる気が」
 
 朱莉「夢中なものがあるのはいいってことよ」
 
 楓華「でも音緒ちゃん、将来、料理の一つができないと、お嫁に行ったときに困るよ」
 
 音緒「そのときは旦那に作らせてやるわ。絶対服従よ! ふんっ!」
 
 立ち上がり、威張った態度をとる音緒。
 実緒、慄き、
 
 実緒「さ、さすが音緒ちゃん……」
 
 朱莉「はあ……まあ料理はいいんだけどさ、それよりもそれよりもさ……」
 
 音緒「ん?」
 
 朱莉、音緒に指をさして、
 
 朱莉「音緒、あんたのその服は、いっっっっったいどーゆーことなのよ!?」
 
 音緒「別に怒ることないでしょ」
 
 朱莉「客人が来ているのに上下ジャージってのが問題なのよっ! なんでアタシが指南した服を着ないわけ!?」
 
 実緒「確かに、上下ジャージっていうのも」
 
 楓華「ヤンキーそのものね」
 
 朱莉「楓ちゃんの言う通りよ。清く、正しく、美しく! 身だしなみは女性の品格を表すってもんよ!」
 
 朱莉、実緒に指をさし、
 
 朱莉「みおっちを見なさい! 真っ白なふわふわのセーターに、ピンクのチェックスカート! そして、すべすべの白い肌と長い髪、こんな天使のみたいな子を……」
 
 朱莉、実緒に近づき、実緒を抱きしめる。
 
 【SE】抱きしめる音。
 
 実緒、びっくりした声音で、
 
 実緒「あ、朱莉ちゃん!?」
 
 朱莉「抱きしめる以外なにがあるってのよー!!! もぉー、かわいすぎっ!」
 
 音緒「あのー、もしもーし」
 
 実緒、苦しそうに、
 
 実緒「あ、あかりちゃん、く、くるしい」
 
 朱莉「あー、みおっちのお母さん、アタシにもこんな服をデザインしてほしいなー」
 
 実緒、精いっぱいの大きな声で、
 
 実緒「あかりちゃんっ!!」
 
 朱莉、我に返ったように、
 
 朱莉「あ、ごめんごめん、つい」
 
 楓華「相変わらずなんだから」
 
 音緒「ほんと、ファッションバカというか」
 
 朱莉「音緒、何か言った?」
 
 音緒「べっつにー」
 
 朱莉「いーい? 明日のバレンタインはねーファッションから始まってんのよ!」
 
 音緒「まーたはじまった」
 
 楓華、小声で、
 
 楓華「止められないからおとなしく聞きましょ」
 
 朱莉「魅力的な服装で男を魅了し、チョコを渡して、気持ちを伝えて、射止める! いわばこれは女の戦争! ウーマンズウォーなのよ!!」
 
 【SE】爆発音。
 
 実緒「お、女の戦争って、大げさだよ」
 
 朱莉「甘いわ、みおっち!」
 
 実緒に指をさす朱莉。
 
 朱莉「アタシはいたって大真面目よ! バレンタインデーはね、一年に一度の大チャンスなのよ! このワンチャンを逃したら、気持ちを伝えることなんて早々ないわっ! ここで告白できない意志薄弱(いしはくじゃく)なヤツは、恋愛に挑戦する資格はな―――――いっ!」
 
 【SE】爆発音。
 
 音緒、さっぱりわからない様子で、
 
 音緒「い、いし、はくじゃくぅ??」
 
 楓華「意志が弱くて決断することができない人のことよ。音緒ちゃん的に言えば、弱虫ってことね」
 
 音緒「なるほど、納得」
 
 朱莉「勝負しなくてどーすんのよ! いつ伝えるか? バレンタインデーでしょってね――――っ!」
 
 【SE】爆発音。
 
 苦笑を浮かべる音緒、楓華、実緒。
 
 音緒「あかりん、熱い、火傷しそうだよ。そして言葉が古い」
 
 熱そうなポーズをとる音緒。
 実緒、苦笑を浮かべながら、
 
 実緒「あ、あかりちゃんは誰に渡すの?」
 
 朱莉「みおっち、よくぞ聞いてくれた!」
 
 音緒「どうせ演劇部にいる不愛想男……フガフガ」
 
 音緒の口をふさぐ楓華。
 
 楓華「中須くんでしょ」
 
 朱莉「ご名答! 明日は絶対に、ぜぇーったいに、いとしーいとしーそうちゃんに、アタシの愛のこもったチョコレートを渡すんだから! そして、そして、そのあとは、(明日のことを妄想して)……にゃっはは〜ん!!!」
 
 【SE】キラキラの音。
 
 
 (※Scene1-2につづく)
 
 
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