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 ○音緒の家2F 音緒の部屋(夜:部屋暗い)
 
  音緒の部屋。机の上に置いてあるデジタル時計は二一時になっている。
 電気を消しており、月明かりが差し込んでいる。
 パジャマを着ている音緒。
 
 音緒「ううっ……」
 
 音緒、壁に背中をくっつけ、体育座りで涙ぐんでいる。
 
 直美(声のみ)「音緒ーごはんよー」
 
 1Fから聞こえる直美の声。
 音緒、弱弱しく、
 
 音緒「今日はいい……」
 
 直美(声のみ)「もう! どうしちゃったのかしら……?」
 
 【SE】1Fのリビングの扉を閉める音。
 音緒、弱弱しく、
 
 音緒「赤っ鼻になったこんな顔、誰にも見せたくないよ……こんなんじゃ、学校にも行けないよ……」
 
 音緒、ふさぎこむ。
 すると、音緒の隣に置いているスマホが光り、バイブレーションが鳴りつづける。
 スマホを見つめる音緒。
 
 音緒「優太……?」
 
 電話のボタンを押し、耳にスマホを当てる音緒。
 
 優太(電話)「あ、もしもし。よかった電話に出てくれて」
 
 音緒、弱弱しそうに、
 
 音緒「なーに? わたし、今、人生でいちばん絶望にあふれた顔になってるんだけど?」
 
 優太(電話)「今、家?」
 
 音緒「うん……」
 
 優太(電話)「久しぶりにベランダで見ねえか? 月」
 
 音緒「今、そんな気分じゃない……」
 
 優太(電話)「まあ、そう言わずにさ、ちょっと、話がしたいんだ。今すぐ」
 
 音緒「なーに? ゼッコーでもするの?」
 
 優太(電話)「そんなわけないだろ! どんなことがあっても、絶対にそんなことするもんか! ていうか、させねーよ! ……とにかく、今すぐに、な! ぜってーだぞ! いいな!」
 
 【SE】電話が切れる音。
 
 外からドアが開く音が聞こえる。
 
 【SE】ドアが開く音。
 
 音緒、ため息をつき、
 
 音緒「……強引なんだから……」
 
 音緒、ため息をつき、ちゃんちゃんこを着る。
 
 
 
 ○音緒の家2F ベランダ (夜)
 
 【SE】ベランダの扉が開く音。
 【SE】静かに吹く風の音。
 
 音緒「ううーさむい……」
 
 優太「よう」
 
 声の方向へと顔を向ける音緒。
 隣の家(優太の家)のベランダにいる優太が音緒に向かって軽く手を挙げている。上下パジャマで上はジャージを着こんでいる。
 音緒、優太に近づくため、ベランダの端まで行く。
 優太、気遣うように、
 
 優太「いやあー久しぶりだなー……こうやって月を見るのは。今日は満月か」
 
 音緒、ふてくされたように、
 
 音緒「……なーに、話って」
 
 優太、苦笑を浮かべ、
 
 優太「そんなツラすんなよ。せっかくの顔が台無しになるぞ」
 
 音緒「どうせ魅力的な顔じゃないもん。鼻の赤い、マヌケな豚っ顔よ」
 
 優太「あ、あのなぁ……」
 
 音緒「せっかく頑張って作ったのに……なんで慣れないことは空回りするんだろ、ほんと……はぁ……」
 
 音緒のため息が、白い息となる。
 
 音緒「もう……やだ……」
 
 音緒、ベランダの柵に手を置き、顔を伏せる。
 
 優太「そんなことねぇよ」
 
 優太、優しい口調で、
 
 優太「うまかったよ」
 
 音緒「え……?」
 
 優太の方を見る音緒。
 
 優太「あいつらと一緒に、頑張って作ったんだなって。見てくれはダサかったけどさ、甘くて、俺好みだった」
 
 音緒「……」
 
 優太「だから、次に期待!」
 
 音緒、全身の動きが固まる。
 
 優太「ん? おい、どしたー?」
 
 不思議そうに音緒を見つめる優太。
 音緒、顔を下に向けて、
 
 音緒「そ、そ、そ、」
 
 優太「へ?」
 
 音緒、大声で、
 
 音緒「そうよ! あったりまえじゃない!! わたしが作ったものはなんだっておいしいのよ!! 見たか、バーカ!」
 
 優太「バカ、声!」
 
 音緒「あっ……」
 
 手で口をふさぐ音緒。
 冷たい風が吹く。
 
 【SE】冷たい風の音。
 
 優太、ため息をつき、
 
 優太「おまえなあ……」
 
 音緒、嬉しそうに、
 
 音緒「ごめーん」
 
 舌を出す音緒。
 優太、ため息をつくように、
 
 優太「……ったく」
 
 優太、音緒の表情に安堵したように、
 
 優太「まあ、でも、元気になってよかったよかった。やっぱ豚っ鼻の音緒は音緒じゃないもんなー」
 
 音緒、顔を膨らませて、
 
 音緒「むー、どういう意味よ、それ」
 
 優太「へっへーん、どういう意味かなー?」
 
 得意げな表情を浮かべる優太。
 
 音緒「その顔見ると、めっちゃ悔しんですけど……あー、もう!」
 
 突然、うなだれる音緒。
 数秒、沈黙の後、音緒、小声で、
 
 音緒「……決めた」
 
 優太「へ?」
 
 音緒「こんな結果じゃあ、あんたに負けているみたいでイヤだから、やってやるわ……今度の定期ライブで新曲を!」
 
 優太「はあっ!?」
 
 音緒「だって、喉の奥までスッキリしないこーんな気分じゃあ、わたしじゃないもの!」
 
 優太「おいおい。別にいいじゃないかよ、チョコくらいで」
 
 音緒「よくないの! やっぱりわたしにはチョコよりもこれだわ! 仕切り直しよ、優太!」
 
 優太に向かって指を差す音緒。
 
 音緒「今度の定期演奏会、新曲を披露するから、絶対に来てよ! 今日、本当に言いたかったことを新曲で伝えてみせるから。わたしの煮え切らない想いをぶちまけてやるわ!」
 
 優太「何だよそれ!? 俺だって大会がもうすぐ……」
 
 音緒「他言は無用よ! ぜったいぜったいぜぇーーーーーったい来なさい! さもないとみっちぃの正拳突きを……」
 
 優太「ああっ、おどすなんてずりーぞ!」
 
 音緒「ずるいのはどっちよ。大会にきてあげているのに」
 
 優太「うっ……」
 
 少しの沈黙の後、音緒、恥ずかしそうに、
 
 音緒「と、とにかく、来てよ。アンタ、moment's(モーメンツ)の定期ライブ、1回も見てないでしょ」
 
 優太「……っ!」
 
 音緒「わかるんだからそれくらい。少しは、わたしの、カッコイイところくらい、見てよ」
 
 顔を赤らませる音緒。
 
 優太「……」
 
 音緒を見つめる優太。
 優太、後頭部を掻いて、
 
 優太「あーもう、わーったよ! しゃーねーなぁー。じゃあその代わり、ぜってーいいライブにしろよ!」
 
 音緒、自信満々に、
 
 音緒「フン! そんなの、言われるまでもないわ。moment's(モーメンツ)、いや、わたしの勇姿をしかと目に焼き付けなさいっ!」
 
 音緒、自分の胸をたたく。
 少しの沈黙のあと、音緒と優太、お互いの顔を見ながら、
 
 音緒・優太「あははははっ!」
 
 お互いの顔を見て笑った後、満月の月を見上げる二人。
 
 優太「月、きれいだな」
 
 音緒「ええっ!?」
 
 音緒、顔を下に向ける。
 優太、音緒の方へ顔を向ける。
 
 優太「ん? どうしたんだよ」
 
 音緒、照れながら、
 
 音緒「い、いや……あ、あのさ……『moonlight』を作詞しているときに勉強したんだけどね、な、夏目漱石だったけ? I LOVE YOUを月がきれいって訳したって……」
 
 優太「へ……」
 
 固まる二人。
 顔が徐々に真っ赤になる優太。
 優太、慌てて、
 
 優太「ち、ちちち、違うからな。単純に月がきれいだなーって思った。そ、それだけなんだかんな。む、無駄なことまで勉強しすぎだっつーの」
 
 音緒、照れる優太を見て、
 
 音緒「ふふ……ふふふ……あははは」
 
 優太「わ、笑うことはないだろー!」
 
 音緒「ごめん、ごめん。照れている優太を見るの久しぶりだから、まっ、さっきのお返しってことで」
 
 優太「……ったく、なんだよ、それ」
 
 満月を眺める二人。
 
 音緒「月、今日もきれいね」
 
 優太「ああ。とびっきりな」
 
 
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