新・永山あゆむの小さな工房 タイトル

永山あゆむの小説・シナリオ創作ホームページです。

第三章(1)



 タッタッタッタッ……。

 ーーなんで、どうして……!

 ネオは全速力で、学生校舎から左側にある専門教室校舎へと向かった。

 実緒(みお)が無理矢理押し隠していた『不安』を確かめるために。

 下駄箱で別れた時の気の沈んだ顔が、頭の中で鮮明(せんめい)に蘇る。

 嫌な予感が、現実となっていく――。


 ――ネオが彼女に違和感を覚えた三日後。

「じゃあ、二年一組の出し物はこれに決定します」

 総合祭(そうごうさい)委員を中心とした話し合いで、総合祭の出し物が小さな子供たちにも楽しんでもらえるように、教室を使って『すごろくゲーム』を作ることに決定し、その準備で実緒とマスの絵を描こうと思ったのだが……。

 彼女は突然、クラスから姿を消したのだ。彼女の座っている席には、前から誰もいなかったと思えるくらい、ごく自然と。

 最初は風邪でも引いていたのだろうと思った。そう思いながら、二日、三日、そして四日目が経過。

 彼女は学校で姿を見せることはなかった。ネオが何度も携帯電話でメールや電話をかけても返事が来ない。

 「何か、あったのかな」とみちるに相談するが、「急病で休んでいるんじゃないの」と言われるし、クラスメイトで幼馴染みの優太に聞いても「ただのカゼだろ」と言われる始末。確かに急病で入院しているのなら出ることもないし、気を使わせたくないから先生に口止めをしているのかも、と一応、そういう風に解釈していた。

 そして、休みをはさんで七日目。総合祭開催まで一週間となったこの日も、彼女は登校しなかった。

 ――おかしい……自分の知らないところで何かがあったんだわ!

 ネオは、帰りのホームルームが終わった直後、教卓にいる担任の大崎(おおさき)先生に訊(たず)ねた。

「先生、あの、訊(き)きたいことが……」

「どうしたの? ていうか、あなた、服装!」

 「あっ、すいません」とネオはしぶしぶと服装を正す。
 普段は穏やかなのに、校則マナーに関しては厳しいので面倒くさい。まあ、それも実緒のためだ。そうしなくては、質問すら答えてくれそうにもない。

 服装を整えたネオに、よろしい、と先生は言い、

「で、訊きたいことは?」

「あ、あの、実緒――いや、竹下(たけした)さんに何かあったの?」

「え?」

「いや、このところ彼女、何日も休んでいるから、心配で……」
 友達のことでやけになっていることが照れくさいのか、先生から視線を外すネオ。

「うーん、そうなのよね……」

 彼女が実緒のことをどう思っているのかを察したかのように、先生はネオだけに聞こえるように口の近くで手を当て、小さな声で、

「実はね、先生も竹下さんのことが分からないの。彼女は普段から真面目な子だから、体調不良の時はちゃんと連絡をしてくれてたんだけど、電話が来ないのよ」

「!」

 大崎先生の言葉に絶句(ぜっく)するネオ。先生は続けて、

「朝のホームルームや昼休み、そしてこのホームルームが終わった後に、今日で五日目かな。家を訪ねたんだけど、ご両親は仕事で家を出ているから返事がなくて……明日も竹下さんの家に行こうと思っているのだけど、麻倉(あさくら)さんは何か知らない?」

「い、いえ……」

 ネオは顔を俯(うつむ)く。胸が、ドクン、ドクン、と高鳴る。

 ――なぜ、こんなことになったの? どうして気づかなかったの?

 頭の中で言葉がぐるぐると回っていく。『不安』という言葉がぶわっと、身体中に、震えとして表れる。

「……」

「麻倉さん、顔が青いわよ」

 先生は心配そうな表情を見せる。

 しかしネオは、呆然(ぼうぜん)と立ち竦(すく)んだまま。

「麻倉さん!」

「!」

先生の大声で、ネオは別世界から帰ったかのようにハッとして、我に返る。

「せ、せんせい……」

 涙で濡れた双眸(そうぼう)で、先生を見つめる。

「どうしたの? 大丈夫?」

「は、はい……」

 ネオは顔を先生に見られないように、再び目を逸らす。

 わたしは……彼女の近くに、いたの、に……。

 思いたくない。思いたくないけど。

 これってやっぱり……。

 頭の中で、ある三文字の言葉が思い浮かぶ。そして、その事件があったのは恐らく――。

 歯にぎゅっと力が入る。ネオはすぐに顔を上げ、

「先生! 竹下さんって、確か美術部でしたよね!?」

「え? ええ、そうだけど……」

「ありがとうございます!」

「麻倉さん!?」

 ネオは全速力で教室を出ていき、すぐ側にある階段を駆(か)け上がっていった。

 「ネオ!」と呼ぶ、みちるの声も空耳に聞こえるほど、必死に。


 ――そして今、ネオは学生校舎から右にある専門教室校舎へと向かっている。

 美術部に問い詰めるために。

 実緒が『傷つけられていた』という真相を確かめるために。彼女とのやり取りで思い当たる節がそれしかないのだ。

 ネオは思う。

 放課後、下駄箱で分かれたときのあの表情はもしかしたら、「助けて!」というサインだったんだ、と。それが本当なら、なぜあのときから気づけなかったのだろう。むしろ、その違和感を夏休みに打ち明けたら良かったんじゃあ……。思えば思うほど、早く行動しない自分がバカに思えた。

 歯をギリギリと噛みしめ、専門教室棟の階段を二階から三階へと上っていく。

 あのときのように友達を失いたくない。

 ーー失ってたまるか!

 ネオの脳裏に、以前友達を失った出来事の一部始終(いちぶしじゅう)が、フラッシュバックする。



※※※




 小学生五年生の頃、ネオはクラスメイトに傷つけられた苦い思い出があった。親友の裏切りによって。

 ある日の放課後。「私服に着替え次第、また学校で会おうよ」と、同じクラスであり、幼稚園の頃からずっと一緒だった親友(女の子)に呼ばれた。ネオは素直に親友の誘いに乗り、家にランドセルを置いて私服に着替え、すぐさま小学校へ向かった。

 待ち合わせ場所である下駄箱の前で親友と落ち合い、自分たちのクラスから二つほど離れた教室に連れてこられる。そこでネオは、先に待っていた彼女の友達――意地の悪そうな女子二人を紹介された。

 そのときからだ。

 親友が暗い何かに憑(と)りつかれているような気がしたのは……。

 ――その予感が的中する。

「ねえ、こいつの机にラクガキしようよ」

 性格が気にくわないからさぁ、という理由で、クラスメイトの机に毎日、友達と共に「死ね!」とか、「消えろ!」とか、卑劣(ひれつ)なラクガキをしていたのだ。そして、それをネオにも書いてもらおうと考えていたのだ。だって、

「あたしとネオは『親友』、でしょ?」

 ――こんなの、あんたなんかじゃない……。

 母親の言いつけで善悪(ぜんあく)の線引きがはっきりとしていたネオは、

「こんなの間違っているわ!」

 と抵抗し、親友に、

「他人が見ないところで悪さをするヤツほど、卑怯(ひきょう)という相応(ふさわ)しい言葉はないわよ!」

 必死に訴(うった)えた。同時にここで自分と彼女の関係を崩してはいけないとも思った。

 誰かが見ないと、第二、第三のクラスメイトが傷つけられると思ったからだ。ちゃんと正しいことを言える人間がいないと、これはなくなるはずがない。

 ずっと一緒に、笑ったり、泣いたり、助けあった親友だから届くと思った。

 だが、

「そんなの知るかよ! やれ!」

 届かなかった。

「!」

 親友の命令で、ネオは友人二人に手をつかまれ、鉛筆を無理矢理握らされてしまう。彼女たちによって、「消えろ!」とか書かされてしまう。それだけはいやだ!

「やああっ!」

 ネオは机に書く瞬間、右肩方にいる親友の友人の腕を力づくで振り払った。ネオの右手から離れて、左側で動揺しているもう一人の友人の隙をつき、束縛(そくばく)されていた両手を振りほどいだ。

 そして親友に向かって、ネオは躊躇(ちゅうちょ)せず頬に向かって勢いよく、

「てやあっ!」

 ぶん殴った。

 その一発で親友は倒れ、悪友(あくゆう)二人が彼女の下へ。

「……」

 これで懲(こ)りただろうと思い、ネオは無言で教室を出て行った。

 手が、震える。

 親友だから、親友だからこそ殴った……。

 そう言い聞かせ、ネオは一人、家に返った。



 だが翌日。昨日の一発も空(むな)しく、今度は自分の下に牙が向けられた。

 机に「死ね!」とか、「消えろ!」とか、書かれていたのだ。それを書いたのはもちろんあいつだ。親友という関係を一瞬で崩した卑怯者(ひきょうもの)。ネオは消しゴムで消すが、そのラクガキは毎日続いた。

 しかし、ネオは我慢し続けた。

 彼女の良心が再び芽生(めば)えることを信じて、我慢(がまん)し続けた。『親友』だから。それに、先生に話したりすれば、さらに事が大きくなると思ったから。

 あいつのために、わたしが……。

 自ら背負った苦々しい日々を過ごし、時は夏。

 朝、机の上には小さなメモ用紙が置かれていた。

『放課後、教室に残って話したいことがある。逃げたらどうなるか……分かってるね』

 親友の筆跡(ひっせき)だった。

 ――分かったわよ。従おうじゃないの!

 ネオは挑発に乗り、放課後、教室で彼女とその悪友二人と対峙した。

「一体、何のようなの?」

 強気な態度で、ネオは親友に問う。

 彼女はフン、と鼻で笑い、

「ネオ、あんたがあーんな態度を取ることに、アタシらイライラしちゃったんでねー殴って分らせてやろうと思ったのよ」

 『あーんな態度』とは恐らく、不登校もせず、いやがらせにも動じないことを指すのだろう。

「あんたのような正義感を持ってるヤツは、ほーんと嫌気がさすよ。何度も自分を偽って、優しく接しやがってさぁ、ほんと……、」

 ガン! と教室のドアを叩きつける。

「ムカつくんだよ!!」

 とネオに向かって罵声(ばせい)を浴びせる。

「何よ? 言いたいことはそれだけ?」

「何?」

 ネオは自分の方がよほど格上だと、顔を少し上に向け、

「自分を偽ってる? バカ言わせないでよ。わたしは本心で接していたわよ! いつもアンタのことを大切に想っていたわ。アンタもアンタよ! 何で言ってくれないのよ!? いつだって力になってあげたのに! わたしたちは親友でしょ!? なのに、アンタはわたしとの関係を壊そうとしてるんだよ! その意味がが分かっているの!? バッカじゃないの! 親友として何度も言うわ。こんなのアンタじゃない! こんなの絶対に間違っているって! わたしの家族も絶対にそう言うわ! わたしのことを偽善者(ぎぜんしゃ)って言うのなら、あんたなんか、偽悪者(ぎあくしゃ)よ! アンタの悪人面(あくにんづら)は、これ以上見たくない! だから、いつもの――」

「うるさいっ!!」

「!」

 ネオの訴えを『うるさい』の一言で消去された。

 親友は、顔を俯き、身体を震わせながら、

「それが独りよがりなんだよ!! アタシのことを親友と言うくせに、何も気遣ってくれないじゃないか! どこが『大切に』だよ! 目障りなんだよ!」

「違う!」

「違わない! ……もういい。 おまえなんか、おまえなんか、アタシの気持ちが分からない、親友ぶっているおまえなんか……、」

 彼女の孤独な気持ちが――、

「やってしまえ!!」

 ネオに襲い掛かる。悪友二人に仕向ける親友は、まさに善(ぜん)を裁く死神のようだった。

「くらえ!」

 二人はネオに殴りかかる。

「くぅっ!」

 ネオは右、左と、一発ずつ悪友たちに殴られる。

「な、なによ……自分はただの傍観者じゃない。ホントにひきょ……くううっ!」

 悪友にみぞおちにパンチを喰らい、ネオよろめき、倒れる。

「ははは、やっちゃえ!」

「やっちゃえ、やっちゃえ!」

 悪友たちに踏まれ、ネオの顔が腫れていく。

 ネオは、一切抵抗しなかった。親友の内心に気づけなかった、自分への罰として。

 一体、何があったのだろう。

 なんで、そこまで傷ついたのだろう。

 なんで、そんな彼女の仕草に気づかなかったのだろう。

 ――意識が遠のく中、ネオはたくさん後悔の念がよぎった。
 ごめん。本当にごめん。

 親友の気持ちに気づけないなんて、最低だね。

 あんたの言う通り、わたしは独りよがりだ。

 いっそこのまま、消えてしまっても……。

 そのとき。
「ネオ!」

「おまえたち! 何をしている!?」

「「「!!」」」

 三人はビクッとなり、振り向いて廊下に立っている二人を見つめる。

「おにいちゃん……? せん、せい……」

 弱々しく掠(かす)れた声で、助けに来た二人を呼び、気を失った――。



「ん……」

「ネオ!」

 二歳年上の兄――麻倉広樹(あさくら こうき)の顔が、ネオの目に映る。

「おにい、ちゃん……」

 弱々しい声を発しながら、見つめる。

 窓から差し込んでくる夕日が眩しい。

「ここは……?」

「保健室だよ……良かった、無事で。ネオが帰ってこないから心配して学校へ来たんだよ。最近、何かに耐えているような苦しそうな顔をしていたからさ、もしかしたらと思って」

 広樹は白いベッドの上で、顔が腫れている妹を優しく抱きしめた。

 その中でぼんやりと、ネオは先ほどまでの『悪夢』が脳裏に浮かんだ。

 親友に痛めつけられた恐怖や悲しみ、彼女の孤独が入り混じり、

「お兄ちゃん……わたし、わたし……」

 自然とポタポタと涙が溢れる。

「ああ。よく耐えたな、ネオ」

 広樹は自然と強く妹を抱きしめた。

「わたし、わた、し……、」

 ネオも兄の胸に顔をぶつけ、彼の背中を強くつかみ、

「うわああああああっ!!」

 ネオはぐちゃぐちゃになった親友への想いを、泣き叫んだ


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