〇回想(8年前) ミザール国バナーレ村 古びた酒場(夜)
ミザール国バナーレ村にある古びた酒場。
エイジ(ナレーション(以下N))「俺は、いつも立ち止まり、最後の一歩が踏み出せなかった」
この村の領主――アロガン・オオクボ(37)とその家族、妻であるコリーヌ・オオクボ(34)、そしてその子供、トマ・オオクボ(10)が貸切をしている。
アガロン・コリーヌ・トマ「かんぱーい!」
アガロンとコリーヌはビールを、トマはオレンジジュースが入ったコップを天井に向かって突き上げる。
トマ「今日はいっぱい食べてもいいんだよね、ママ!」
テーブルの上にあるたくさんの料理に、涎を垂らすトマ。
コリーヌ「ええ。トマちゃんのためにたくさん用意していますからね。おほほほほ!」
センスを広げ、高笑いするコリーヌ。
アガロン「うむ。薄汚い庶民の味も捨てがたいな」
黙々と料理を食すアガロン。
コリーヌ「ええ。たまにはこういうのもありですわね」
トマ「うん! ボク、こっちのほうがいい!」
トマ、顔にケチャップがついている。
コリーヌ「まあ、トマちゃん、そんなことをしてたら、身体が穢れてしまいますわよ」
トマ「あっ、そうだね。気を付けなきゃ。でもなあ……」
アガロン「はっはっは。ひと月に一回ぐらいは行ってやろう。(店主に向かって)おい! 早く料理とビールを追加しろ!」
酒場の店主「は、はい! ただいま!」
彼ら座っている側で、ペコペコと頭を下げる酒場の店主。
彼らの姿を、奥にある部屋から、扉を少し開けて黙って見つめるエイジ・ハセガワ(10)とエミリー・ミチヅキ(10)。
〇回想(8年前) ミザール国バナーレ村 古びた酒場・奥の部屋
エイジ、扉越しから酒場店主のペコペコしているところを見つめて、
エイジ(10)「あー、もう、何やってんだよ、おっさん!」
エイジ、開けようとするが、
エミリー(10)「ダメだよ!」
エイジの手を強く握るエミリー。
エイジ、エミリーの方へと振り向く。
エイジ(10)「なんだよ、エミー。離せよ!」
エミリー(10)「落ち着いて。今ここを出ても、あたしたちじゃあどうにもならないよ」
エイジ(10)「だけど! なんで、おっさんたちが下になってんだよ。あの領主たち、ここにいるだけで、俺たちを奴隷みたいにしか思っていないのに。あんなのが貴族様なら、俺は……」
エミリー、悲しそうに、
エミリー(10)「だけど、力のないわたしたちじゃあどうにもならないよ。文句を言ったら、それこそエイジがここから追い出されちゃう。そんなことになったら、わたし……」
エイジ(10)「エミー……」
エイジ、泣きそうなエミリーを見つめ、悔しそうな表情をする。
少し開けた扉から見える、笑いあうオオクボ家の家族団らんの姿。
エイジ(N)「命令するだけの大人に縛られるのがただ悔しくて、縄をほどこうとしてもまた縛られるだけの嫌な現実。チカラなき者が辿る末路。そんな現実に、俺は言いたいことも言えず、この扉を開けることはできなかった。でも、今は、それを変えるチャンスなのかもしれない。それをこれから掴むんだ。俺が見てきた現実を、打開するために」
〇ミザール国 森の中
舗装されていない静かな森の中を歩き続けるエイジ・ハセガワ(18)とブリーゼ・オイサキ(28)。
ブリーゼはサングラスを頭の上にかけている。
昼間なのにたくさんの木で覆われているため、暗い。
エイジは気絶しているエミリー・ミチヅキ(18)をお姫様抱っこしたまま、ブリーゼの後をついて行っている。
エイジ「(エミリーを抱えているため、早く目的地についてほしいと思いながら)なあ、まだなのか。かなり歩いたと思うけど」
ブリーゼ「もうすぐよ」
どんどん進んでいくエイジとブリーゼ。
ブリーゼ「着いたわ」
エイジ「えっ? 何もないじゃないか」
ブリーゼ「黙って見てなさい」
ブリーゼ、左手に装着しているステルラグローブをかざし、手の甲の部分にある青いひし形模様を森の方へと向ける。
ブリーゼ「真をしめせ!」
エイジ「!」
周囲が青く光り、静かな森に風がなびく。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 外観
二人の目の前に無機質な2階建ての建物――国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部が現れる。
エイジ「(いきなり施設が現れたことに驚いて)ふえぇぇー……」
一歩、後ずさりをして、施設を見上げるエイジ。
ブリーゼ「行くわよ」
表情を変えずに先へ進むブリーゼ。
エイジ「おい、待てよ!」
ブリーゼを追いかけるエイジ。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 入口前
ミザール支部の入口前にたどり着く二人。
エイジ「幻じゃあ、ないんだよな」
ブリーゼ「当然」
自動扉が開く。
エイジとブリーゼ、中へと入る。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 エントランス
受付嬢が一人、座っている。
エイジとブリーゼに目をやると立ち上がり、
受付嬢「おかえりなさいませ」
ブリーゼ「お疲れ。早速だけど、治療室は空いている?」
受付嬢「治療室ですか? ええ、空いております。(エイジを見ながら)こちらの方は?」
受付嬢、不思議そうにエイジを見つめる。
ブリーゼ「アタシが見つけた《選星者(シュッツァー)》よ。アイツには伝えているわ」
受付嬢「(驚いたように)え? そうなんですか!?」
ブリーゼ「(驚いたことに怪訝そうに)アタシが見つけて何か悪い事でもあるの?」
受付嬢「い、いえ、そんなことはありません! ど、どうぞ、お進みください」
ブリーゼ「まったく」
ブリーゼ、奥へと進む。
エイジ、受付嬢に一礼して、先に進むブリーゼを追いかける。
エイジ「なあ、俺が《選星者(シュッツァー)》ってなんだよ?」
ブリーゼ「後で分かるわ。まずは、その子をどうにかしないとね」
前を歩きながら、ちらっとエイジが抱えているエミリーを見やるブリーゼ。
治療室へと入っていくエイジとブリーゼ。
自動ドアが開く。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 医務室
ブリーゼ「先生、いる?」
医務室へと入る二人。
治療器具やパソコン、一人用のベッドが置かれている。
エイジとブリーゼの視線の先には、
メルヴィン「なんだあ、ブリーゼ、もう帰ってきたのかよぉー」
奥で事務仕事をやっている白衣を身にまとう、丸メガネをかけたボサボサ髪の男――メルヴィン・シバサキ(32)が椅子から立ち上がり、やる気のなさそうな表情で、頭をポリポリとかきながら、エイジとブリーゼのもとへとやって来る。
メルヴィン、エイジと、彼が抱えているエミリーを見る。
メルヴィン、面倒くさそうに、
メルヴィン「はああ〜、まーたメンドーなモンをもってきやがって」
ブリーゼ「仕方ないでしょ。人を疫病神扱いしないで」
メルヴィン「おまえさんほどの疫病神はいねぇよ。おれは事務作業で十分なんだ」
ブリーゼ「そっちは副業でしょ。本業をしっかりなさい」
メルヴィン「へいへい。ふああーあ……」
大あくびをするメルヴィン。
唖然とするエイジ。
エイジ、ブリーゼに小声で、
エイジ「……大丈夫、なのか?」
ブリーゼ「普段からやる気がない人だけど、腕は確かよ」
エイジ、不信に思いながら、
エイジ「ほ、ほんとかよ……」
メルヴィン「で、その嬢ちゃんは、例の病気か?」
ブリーゼ「ええ。闇魔(オスジオーネ)化して、光子(マナ)が枯渇しかけてる」
メルヴィン「了解。(エイジを見ながら)おい坊主、嬢ちゃんをこっちによこしな」
エイジ「あ、はい」
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 集中治療室
『集中治療室』と書かれた部屋。
治療専用の大きな機械の中で眠っているエミリー。
その機械をディスプレイを見ながら、キーボードで操作するメルヴィン。
窓越しからそれを見つめるエイジとブリーゼ。
エイジは両手を窓に当てて、心配そうに機械の中で眠っているエミリーを心配そうに見つめる。
〇回想(3年前) ミザール国バナーレ村 出入り口(朝)
山に囲まれた静かな村。
空は青く澄んでいる。
大きな鞄を持って、村の出入り口に向かうエミリー・ミチヅキ(15)。
入口には馬車が待っている。
エイジ(15)「エミ―――ッ!!」
エミリーの後を追うエイジ・ハセガワ(15)。
エミリー(15)「エイジ……」
エイジの声に、後ろを振り返るエミリー。
エイジ、エミリーのもとにやってくる。
エイジ、その場で顔を下に向けて、
エイジ(15)「ハア、ハア……ったく、ひとりで行こうとするなよ」
エミリー(15)「どうして」
エイジ(15)「え?」
エミリー(15)「どうして来てくれたの? あたしみたいな、裏切り者に」
エイジ(15)「はあ?」
首を傾げるエイジ。
エミリー、エイジの顔を視線から反らし、苦しそうに、
エミリー(15)「だって、みんなの下から離れるのよ! これからもずっと一緒だと思っていたみんなを傷つけて……」
エイジ(15)「エミー」
エミリー(15)「(泣きべそをかきながら苦しげに)みんなよりも自分を貫いてしまったから、もう顔を合わせることなんか」
エイジ(15)「(優しそうに)エミー、顔を上げて」
エミリー(15)「……」
エミリー、恐る恐るエイジ(15)の顔を見やる。
エイジ(15)「おめでとう」
エミリー(15)「え?」
優しい表情のエイジ。
その顔に、あっけにとられた表情になるエミリー。
エイジ(15)「なりたいものになれるんだろ? すごいじゃん」
エミリー(15)「(恐る恐る)お、怒らないの?」
エイジ(15)「一人で出ていこうとしたことだけな。後は何もないよ」
エミリー(15)「エイジ……!」
エミリー、エイジに抱きつく。
エイジ(15)「おわあっ!? え、エミー!?」
びっくりした表情で抱きつくエミリーを見下ろすエイジ。
エミリー、エイジの服をぎゅっと掴む。
エミリー(15)「あたし、怖かったの。だから」
エイジ(15)「俺たちが、俺が嫌うわけないだろう」
エミリーの頭を撫でるエイジ。
エミリー(15)「……うん」
エイジ(15)「あーあ、羨ましいな。エミーに夢があって。都会へ行けて。俺も行きてーな」
エミリー(15)「なら、来て。あたし、待ってるから」
エイジ(15)「もちろんだ。手紙書けよな」
エミリー(15)「違う。エイジも来て」
エイジ(15)「え?」
エミリー(15)「エイジだって憧れているんでしょ。外の世界に。知ってるよ。いつも世界の都市の本や文献を読んでいることを」
エイジ(15)「あ、ああ。だけど、俺にはお前みたいに夢や目的がなくて、行く理由がなくて」
エミリー(15)「理由なんてなくたっていいよ。必要なのは、足を前に出すことだよ。エイジにもできることだよ」
エミリー、見上げてエイジの顔を見る。
エイジ、ドキッとする。
エミリー(15)「だから、待ってる。その時まで、あたしは歌手として成功して、両親を探す力をつけるから」
エイジ(15)「エミー……分かった、約束する。その時になったら、俺も都会に出て、エミーみたいに注目される大きな男になってやる」
エミリー(15)「あたし、まだ有名になってないよ」
エイジ(15)「これからなるんだろ。追いかけてやるから、さっさと行って来い」
エミリーの頭を撫でるエイジ。
エミリー(15)「うん。お互いに頑張ろ、エイジ」
エミリー、微笑む。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 集中治療室
エイジ、祈るように目を瞑る。
ブリーゼ、エイジの肩を軽く叩く。
エイジ、ブリーゼの方へと顔を向ける。
ブリーゼ「大丈夫よ」
エイジ「あ、ああ……」
窓越しから機械の中で眠っているエミリー。
ブリーゼ「さてと、ずっとここにいても時間の無駄ね。行くわよ」
エイジ「え? どこに行くんだよ。エミーはこのままでいいのかよ?」
ブリーゼ「光子(マナ)を体内に吸収しているから問題ないわ。しばらくしたら目を覚ますでしょ。今度は、アンタの番よ」
エイジ「え?」
きょとんとするエイジ。
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