〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 支部長室
ナレーション(以下N)「支部長室」
部屋の中心で、机に山積みにされている報告書をチェックしている黒髪の男、フリッツ・エダサワ(33)がだらけた格好で書類を見ている。
左の頬には、直線の傷あとが残っている。
フリッツ「はあ、なんでこんなどーでもいいことをチェックしないといけねーんだよ。はああ、刺激が欲しーな刺激が……例えば目の前に凛としたオレ好みの女性が現れて……」
すると、急に目の前のドアが開く。
フリッツ「……え、マジかよ……こんなくそつまんねぇ激務に悩んでいる、そんなオレの為に……!」
ブリーゼ「(声のみ)何バカなこと言ってんのよ」
冷めた目をしたブリーゼが中へと入ってくる。その後ろにはエイジがいる。
フリッツ、がっかりして肩を落とし、
フリッツ「なんだ、おまえかよー……」
期待が外れて、机にもたれかかるフリッツ。
ブリーゼ「ご期待に添えなくて悪かったわね。それとも、書類を吹き飛ばしてほしいのかしら」
フリッツ「バカ、冗談だっつーの! 勘弁してくれよー」
ブリーゼ「なら、全うしなさいよね。ホント、お目付け役って骨が折れるわ……折ってやろうかしら」
冗談じゃない目つきでフリッツを見つめるブリーゼ。
フリッツ「冗談の域が超えてるぞ。副支部長殿」
ブリーゼ「ならやることね。ただでさえ長官から遅れてるって釘を刺されているのよ。支部長としての威厳を保ちなさい」
フリッツ「わーってるよ。あー、身体、動かしてぇなー」
ため息をつくブリーゼ。
ブリーゼの後ろにいるエイジ。ブリーゼの服を引っ張る。
ブリーゼ「何?」
エイジ「ブリーゼって、副支部長なのか?」
ブリーゼ「肩書きだけね。じゃないと、事務処理すらできない脳筋とつきあうことはないわ」
フリッツ「ひでーなあ。こんな処理、やる気があればパッパとだな」
ブリーゼ「なら、今ここで示しなさいよ」
フリッツ、即答で、
フリッツ「できません」
エイジ「……」
唖然とするエイジ。
ブリーゼ、髪をかきながら呆れたように、
ブリーゼ「あのねえ。これじゃあ、コイツに合わせる顔がないじゃない」
後ろにいるエイジに指をさすブリーゼ。
フリッツ「ん? さっきから気になっていたが、君は……?」
ブリーゼ「私が見つけた《選星者(シュッツァー)》よ。未熟ではあるけど」
フリッツ「……」
エイジ「み、未熟は余計だ!」
ブリーゼ「あら、本当のことを言ったまでだけど」
ブリーゼに向かって、ふて腐れた顔を浮かべるエイジ。
それを余所に、固まるフリッツ。
フリッツ「え? 《選星者(シュッツァー)》? マジ……?」
ブリーゼ「連絡したでしょ。二言目は言わないわ。候補者よ、この部隊のね」
フリッツ「……」
口をパクパクするフリッツ。
フリッツ「バカ野郎! なんでそれを言わねーんだよ!」
急に、机にある書類や服装を整えるフリッツ。
ブリーゼ「忘れている貴方が悪い」
フリッツ「あーもう! ちょっと待ってろ!」
ドタバタと片づけるフリッツ。
数分後、机の上の書類もキレイに片づけられ、フリッツは堂々とした態度で、机に両肘をつき、鼻の前で両手を組んでいる。
そして、真面目な表情で、
フリッツ「コホン、では、改めて。ようこそ、国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部へ」
ブリーゼ、呆れたように、
ブリーゼ「どこのアニメのマネをしているのよ。説得力ないし、使徒なんてでてこないわよ」
フリッツ「いいんだよ。少しは威厳を出してだな……」
ブリーゼ「もう失っているけど」
エイジ、ブリーゼの一言に苦笑いの表情を浮かべる。
フリッツ、不満そうに、
フリッツ「ちっ、可愛げがねーな。(エイジの唖然とした顔に反応して)ああ、すまん。俺はこの地区の支部長を担当してる、フリッツ・エダサワだ。よろしくな」
フリッツ、エイジに手を伸ばし、握手を要求する。
エイジ「は、はい。エイジ・ハセガワです……」
エイジ、フリッツと握手をする。
フリッツ「エイジ、か。まあ、今日は情けないところをお見せして済まなかったな。普段は真面目に仕事をしているから、まあ、なんだ、その、決してあやしい者ではないから、な!」
後頭部の髪をかきながら苦笑を浮かべるフリッツ。
エイジもフリッツに苦笑を浮かべる。
ブリーゼ「さっさと本題に入りなさい」
フリッツ「(ブリーゼに向かって)わーってるっつーの! (エイジに向かって)それで、エイジ、ブリーゼはおまえを《選星者(シュッツァー)》として、ここに連れてきたみたいだが」
エイジ「はい。自分がしたいことができると言われてついてきたのですが。ていうか、《選星者(シュッツァー)》ってなんスか?」
フリッツ「そうだな。じゃあ、実際にここで見せてもらおうか」
ブリーゼ「ちゃんと用意しているでしょうね?」
フリッツ「あたりまえだろ。いちいち一言入れるな!」
フリッツ、机の中からブリーゼが装着しているものと同じグローブを取り出し、エイジに見せる。
手の甲の部分には、ブリーゼのものと同じように、手の甲の部分に黒いひし形模様の鉱石が埋め込まれている。
エイジ「これは、ブリーゼがつけているのと同じ……」
フリッツ「ステルラグローブと言ってな、光子(マナ)の力を少しでも持っている人間は……」
フリッツ、立ち上がり、左手にステルラグローブをはめる。
エイジ「!」
フリッツのステルラグローブの手の甲の部分に埋め込まれたひし形の黒い鉱石がダークオレンジ色に輝く。
フリッツ、左手にはめたステルラグローブにある、ダークオレンジに輝くひし形の鉱石をエイジに見せながら、
フリッツ「とまあ、装備者によってここの部分が色が変わるんだ。つまり俺たちのように、少しでも光子(マナ)を操る力を持つ一般人――影星(エクリプス)の団員候補を《選星者(シュッツァー)》と呼んでるわけ」
エイジ「それが、俺の眠っている力……?」
フリッツ「ブリーゼのグローブを借りて、そこから武器を取り出しただろ」
エイジ「あ、はい」
フリッツ「じゃあ、ちょっとやってみ」
フリッツ、左手にはめたステルラグローブをエイジに投げる。
それを受け取るエイジ。
エイジ「は、はあ……」
エイジ、緊張しながらゆっくりと左手にステルラグローブをはめる。
ステルラグローブが光り出す。
エイジ「うおっ! また……」
ステルラグローブの手の甲にある黒い鉱石が朱色に変化する。
それを後ろで涼しげに見つめるブリーゼ。
グローブのおかげで朱く輝くエイジを眩しそうに、右手で光を遮りながら彼を見つめるフリッツ。
フリッツ「おーすげー色。汗が出そうだ。じゃあ、輝いてるトコを押してみ」
エイジ「は、はいっ」
エイジ、慌ててステルラグローブの手の甲にある朱色に輝く鉱石を押してみる。
すると右手が朱く輝き、剣を引き抜くように右手を振り払うと、朱く輝く剣の形をしたものがエイジの右手に握られ、それが、前に戦ったときと同じ模様の剣へと変わる。
エイジ「(剣を再び取り出せたことに呆然として)また、出てきた」
フリッツ「(剣をまじまじと見ながら)ほぉー、こりゃまた立派なモンが取り出せたなあ。炎の神剣《フランベルジュ》みてえだ」
ブリーゼ「大層な名前ね。そっくりだけど」
エイジ「フランベルジュ……アストラが創った四聖剣のひとつだっけ?」
フリッツ「よく知っているな……とまあ、こんな感じにだな、おまえに眠っている光子(マナ)の力と身体能力に応じて、武器が出てくるというわけだ。この武器をオレたちは星使武器(エトアルム)と呼んでいる。この武器、どんなヤツに対抗できたか覚えているか?」
エイジ「確か、闇魔(オスジオーネ)、だっけ? エミーがいきなり巨大な魔物に突然変異した」
フリッツ、指を鳴らして、
フリッツ「そう。生身では対抗できなかっただろ? なんせ人間の体内に闇子(サタン)が浸食した塊だからな。だからその塊に対抗するものは相反する光の塊――オレたちの世界を構成している光子(マナ)ってわけさ。星使武器(エトアルム)には、その力が宿っているわけ。その武器を使って闇子(サタン)に蝕まれた人間や魔物を祓うためにできた組織が影星(オレたち)さ。人数少ない組織だから、おまえのように候補者を探すのも仕事だけどな」
エイジ「影星(エクリプス)……星使武器(エトアルム)……俺のチカラ……」
右手に握っている、禍々しく輝く剣を見つめるエイジ。
フリッツ「さて、おれとしてはだな、『選ばれし者』っていう大層なモンじゃないが、そんな剣を引き出せるチカラがあるなら、それを活かすってのも悪くはないと思うぜ。っていうか、ブリーゼが連れてきたんだから、それなりの見込みはあるってことだろうな」
エイジ「え?」
フリッツ、ブリーゼを指さしながら、
フリッツ「だってあいつ、全然連れてこねーもん。(ブリーゼに向かって)初めてだよな?」
ブリーゼ「(話を逸らすように)さあ。貴方が忘れているだけじゃないの。それにアタシの場合、現場に候補者がいたとしても、半端者は除外してるだけだから」
視界からエイジとフリッツを外すブリーゼ。
フリッツ「やれやれだな。(エイジの顔を見つめて)それで、おまえはこれからどうしたい、エイジ?」
エイジ「え? ど、どうしたいって言われても……」
動揺するエイジ。
フリッツ「おまえに与えられた選択は、やるか、やらないかの二択だ。一般人だし、無理にとは言わない。だが、まあ、ブリーゼが連れてきたんだ。チカラを使い、ここで可能性を見出すのも悪くない話だと思うぜ。一般人が飛び込むには、厳しい道のりだがな」
エイジ「可能性……」
後ろを振り返り、ブリーゼを見つめるエイジ。
エイジを冷静な目で見つめるブリーゼ。
エイジ、フリッツの方へと向き直して、
エイジ「ここに入れば、色々なところに行って、闇子(サタン)に苦しんでいる人々を助けに行くんですよね?」
フリッツ「ああ。闇子(サタン)で汚れた場所、人、魔物……それに関わる場所すべてにだな。場合によっては、危険なところにも行くな」
エイジ、しばらく考えて、
エイジ「……俺は、今まで自分で何かをやろうとしたことはありませんでした。負けず嫌いで、対抗心は強いのに、自分の居場所や環境を変えるのは他人任せ。他人に迷惑をかけてばっかりで、何も変えようとはしない。故郷の村でも都会でも、ずっと理不尽で傲慢な大人たちにコキ使われていたのに……あと一歩が踏み出せない。その一歩をこのチカラで、俺みたいに、苦しんでいる人たちがいるのなら……」
エミリーの笑顔が脳裏に浮かぶエイジ。
エイジ、手を震えるほどぎゅっと握りしめて、
エイジ「大切な人を守れるのなら、俺はここで、俺と言う『可能性』を見出したい!」
真剣な目つきでフリッツを見つめるエイジ。
ブリーゼ「フ……」
ブリーゼ、エイジを後ろでひそかに笑みをこぼす。
エイジ「だから、お願いします! ここで働かせてください!」
フリッツに向かって礼をするエイジ。
フリッツ「あっついねー。でも、そーいうの嫌いじゃないぜ。なら……」
フリッツ、机の中にある、大きな赤いボタンのみのリモコンを取り出す。
フリッツ「この組織に相応しいか、さっそく試させてもらおうじゃないか。ほいっと!」
フリッツ、リモコンについている大きな赤いボタンを押す。
エイジの足元の床が開く。
エイジ「え……うわあああああああーっ!!」
地下へとまっさかさまに落ちていくエイジ。
ブリーゼ、少し驚くも、呆れたように、
ブリーゼ「い、いつの間にこんなものを……」
フリッツ「フッ。試験には、落とし穴がつきものだぜ」
顎に手を当て、格好をつけるフリッツ。
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