〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 地下訓練場 暗い
エイジ・ハセガワ(18)、地面に膝をつき、睨みつけるような目で、闇子(サタン)の力に浸食されて人魔(アロー)化した蝙蝠――手足のついた巨大な魔人蝙蝠を見上げる。
エイジの服は砂埃や魔人蝙蝠との戦いで、ボロボロになっている。額には傷がついていて、血が流れている。
エイジ「……くそっ! どうすりゃあいいんだ……」
魔人蝙蝠「ガアアアアッ!!」
魔人蝙蝠の咆哮により、たくさんの蝙蝠たちが現れ、エイジに襲ってくる。
エイジ、立ち上がり、自身の光子(マナ)の力から生み出された朱く燃ゆる剣、フランベルジュを構える。
エイジ「あーもー! めんどくせー、衝火(しょうか)!」
エイジ、剣を地面に勢いよく叩きつける。
その衝撃から生み出された朱い光線が蝙蝠たちにぶつかり、煙が巻き起こる。
焼け落ちる蝙蝠たちの間から、もう一度、剣を構え、
エイジ「もう一度! 今度はあいつの顔に!」
前の一撃よりもさらに勢いよく叩きつける。
エイジのパワーに反応し、先ほどよりも太く紅い光線へと変わる。
紅い光線は魔人蝙蝠の顔に向かって飛んでいき、直撃する。
当たると同時に、煙が巻き起こる。
エイジ「やったか……!?」
煙が消え、魔人蝙蝠、顔がなくなった状態が現れる。
しかし、それでも直立不動の姿勢を取っている。
紫の粒子――闇子(サタン)が顔に向かって集まり、魔人蝙蝠はもとの顔へと戻る。
エイジ「くっ、だめか……これじゃあ浄化は……」
驚愕し、魔人蝙蝠を見上げながら一歩後ずさりをするエイジ。
冷や汗が一滴たれる。
魔人蝙蝠「キィヤアアアアアアアアアア!!」
魔人蝙蝠の超音波がエイジを襲う。
エイジ「うぐっ、また……」
右手で右耳を塞ぐエイジ。
天井にヒビが割れはじめ、穴が開く。
エイジ「!」
天井を見上げるエイジ。
数々の鋭利な岩が、エイジ向かって落下する。
エイジ、バックステップして辛うじて避けるも、そのまま勢いよく仰向けになって倒れる。
エイジ「くそっ……俺は、また……」
エイジ、目を細め、今にも目を閉じてしまいそうになる。顔や服に砂や傷がついている。
彼を見下すように見つめる魔人蝙蝠。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 支部長室
エミリー・ミチヅキ(18)、悲痛な叫び声で、
エミリー「エイジ――っ!」
フリッツ・エダサワ(33)、頭をかきながら、
フリッツ「あららー、やっぱりコイツはきっついかー」
ブリーゼ「……」
ブリーゼ・オイサキ(28)、黙ってモニターを見つめる。頭の上にサングラスをのせている。
エミリー、怒気を込めて、
エミリー「なんでそんなに平気でいられるんですか!? エイジをあそこから助けてくださいよ!」
フリッツ「とは言ってもなあ、これはあいつが望んだことで」
エミリー「望んだとか関係ありません! 早くエイジを助けてください!」
フリッツ「うー……」
迫ってくるエミリーに、たじろぐフリッツ。
ブリーゼ「じゃあ貴方は納得できるの?」
ブリーゼ、サングラスをかけ、モニターを見ながら冷静に問いかける。
エミリー、ブリーゼに迫り、
エミリー「何が言いたいんですか!?」
ブリーゼ「コイツは自分の望みで、自らこの試練に挑んだのよ。この意味が分かる?」
エミリー「意味?」
ブリーゼ「そう。相手を尊重しなさいってこと」
エミリー「それでも、ダメなものはダメです! このままだとエイジが!」
ブリーゼ「それでもよ。アンタの一声で強制的に止められたら、アイツは納得すると思う?」
エミリー「それは……」
苦虫を噛んだような表情になるエミリー。
フリッツ「まあまあ、そう意地悪を言うなよブリーゼ」
フリッツ、エミリーの頭を優しく撫でる。
フリッツ、エミリーに向かって優しく、
フリッツ「君は優しいんだな。でもその優しさは、時には傷つける牙ともなるんだ。今回のような、『男のプライド』にはね。君もそうだろ」
エミリー「だけど」
心配そうなエミリーに、フリッツは明るく、
フリッツ「なあに、本当にやられそうなら止めてやるって! だが、」
フリッツ、モニターを見やり、
フリッツ「その必要はないかもな」
エミリー「えっ!?」
驚くエミリー。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 地下訓練場 暗い
仰向けに倒れているエイジ。顔や服には砂や傷がついている。
彼を見下すように見ている魔人蝙蝠。
エイジ「……やっぱり俺は、ここまでの人間なのか……」
フリッツ(声のみ)「あー、あー、苦戦しているな、入団候補者」
フリッツの声が訓練場内に響く。
エイジ「フリッツ、さん……」
天井からモニターが出てくる。
モニターには支部長室にいるフリッツが映る。
フリッツ、エイジをまじまじと見ているような素振りで、
フリッツ「おーおー、こりゃまた見事なやられっぷりだな」
エイジ、弱々しい声音で、
エイジ「ほっといて、くださいよ……俺を、笑いに来たんですか?」
フリッツ「だぁー、俺もそこまで悪い男じゃねぇっつーの。とりあえず朗報だ。嬢ちゃん、目が覚めたぜ」
エイジ「え?」
モニターに、紅いフリルドレスを着ているエミリーの姿が映っている。
エミリー「エイジ! しっかりして!」
エイジ「エミー……!」
フリッツ「ほら、倒れている暇はねぇんじゃないのか? おまえはここに入って何がしたいと言った? このまま諦めてエサになることか?」
エイジ「それは」
フリッツ「おまえの決意は、粘土のようにユルいのか。違うだろ。そうじゃねぇってところを今こそ見せて見ろ。この子の背中を見るより、前にいるのが男じゃねぇのか?」
エイジ「……」
エミリー、訴えるように、
エミリー「負けないで!」
エイジ、モニターに映っているエミリーを見つめ続ける。
祈るように両手を握っているエミリー。
楽屋から立ち去るときに見せた、彼女の祈るような仕草と重なるエイジ。
エイジの弱々しい目が、表情が、強気なものへと変わる。
エイジ「そうだ、俺がなりたいのは……」
エイジ、よろよろしながら立ち上がり、剣を構える。
エイジ「俺がなりたいのは……アイツ(エミー)のようになることだ!」
モニターに映っているフリッツ、笑みを浮かべて、
フリッツ「目が覚めたみてえだな。こっからが本番だ。てめえの覚悟を見せてやれ!」
エイジ「はい!」
モニターの画面が消え、天井へと消えていく。
エイジ、目を閉じる。
そして、鋭い目つきで、
エイジ「俺は負けねぇ!」
エイジ、猛ダッシュで魔人蝙蝠のもとへと走り出す。
魔人蝙蝠「ギィアアアアアア!」
魔人蝙蝠、エイジに向かって目から青い光線を何度も出す。
エイジ「くっ!」
エイジ、蝙蝠魔人の青い光線を躱していく。光線によって地面が削られる。
それにより、訓練場は砂煙で覆われ、魔人蝙蝠からの目線ではエイジの姿が見えなくなる。
魔人蝙蝠、光線の照射はやめ、しばらくの間様子を伺う。
すると、砂埃から朱い光線が現れ、魔人蝙蝠の首を貫く。
しかし、闇子(サタン)が集まり、首は元に戻る。
砂埃が消え、魔人蝙蝠を見上げているエイジが現れる。
エイジ「ちィ、はずれかよ……」
悔しそうな表情をするエイジ。
魔人蝙蝠「グワアアアアア!」
魔人蝙蝠、巨大な右腕をエイジに向かって地面ともども押しつぶす。
エイジ「うおっ!」
エイジ何とか転がりながら避ける。
魔人蝙蝠は右腕が地面に盛り込み過ぎてしまい、抜くことに必死になっている。
エイジ、蝙蝠魔人の身体を見やる。
エイジ「どこかにきっと、弱点らしき部位が……ん?」
エイジ、魔人蝙蝠のヘソの部分を見る。
するとそこに、微かだがルビーのように紅く光っている部分がある。
エイジ「もしかすると……いや、これで決めてやる」
エイジ、剣を掲げ、勢いよく垂直に飛ぶ。
エイジ「頼む……当たってくれ!」
エイジ、剣を勢いよく地面に叩きつける。
エイジ「この一撃……届けええええええっっっ!!」
剣を地面に叩きつけた瞬間、龍の形を成した紅い剣戟(けんげき)が発生し、蝙蝠魔人のヘソに向かっていく。
ヘソの中に埋め込まれたルビーのように紅く光っている部分に当たり、それが砕け散る。
魔人蝙蝠「ギィヤアアアアアアアアア!!」
魔人蝙蝠の断末魔が鳴り響く。
魔人蝙蝠の全身が紫の粒子――闇子(サタン)と化していく。
エイジ、落下する。
エイジ「うおああああっ!」
尻餅をつき、エイジの周りに小さな砂埃が舞う。
エイジ「いってててて……」
エイジ、粒子となっていく魔人蝙蝠の姿を見つめ、得意気に、
エイジ「へへ、ざまーみろ!」
ブリーゼ(声のみ)「甘いわよ!」
突然、ブリーゼの声が訓練場内に響く。
エイジ「ぶ、ブリーゼ!?」
ブリーゼ(声のみ)「魔人を見なさい!」
エイジ「え? もう倒したんじゃ……っ!」
全身が闇子(サタン)と化した魔人蝙蝠が、粒子が少しずつ集まり、元の姿に戻ろうとしている。
エイジ、その光景に言葉が出ない。
ブリーゼ(声のみ)「なにぼーっとしているの! グローブをかざしなさい! 前もやったでしょ! 闇子(サタン)の塊から生まれたものは、光子(マナ)を照射しないと元には戻らないわ!」
エイジ「そうか!」
エイジ、エミリー(オスジオーネ化)に対して浄化したときの行動を思い出す。
エイジ「よし!」
エイジ、立ち上がる。
そして、左手に身につけているステルラグローブの手の甲部分にある青いひし形模様の部分を戻りつつある魔人蝙蝠に向ける。
エイジ「はああああっ! 鎮め――――っ!!」
エイジのステルラグローブから青白い光が照らされる。
その光を浴びた魔人蝙蝠は、再び全身が闇子(サタン)に変わり、そして光に飲み込まれていく。
闇子(サタン)は完全に消滅した瞬間、魔人蝙蝠の元となっていた蝙蝠が現れる。
焦るように逃げ出していく。
エイジ「逃がすか!」
エイジ、勢いよく地面を叩きつけ、朱い光線を放ち、蝙蝠に当てる。
蝙蝠、燃え上り、灰となって消える。
エイジ「ったく、手間を……かけさせやが……って……」
エイジ、その場で俯せになって倒れる。
エミリー(声のみ)「エイジ……? エイジ! しっかりして! ねぇ、エイジ! 起きて!」
フリッツ(声のみ)「落ち着け。緊張が緩んだだけだ。助けに行くぞ」
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 支部長室
走って支部長室から出ていくエミリーとフリッツ。エミリーは、フリッツの後についている。
ブリーゼ、立ったまま頭の上にかけているサングラスを、目の位置にかけ直し、
ブリーゼ「間違って、なかったわね」
ブリーゼ、口元に笑みがこぼれる。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)”ミザール支部 医務室 朝
森の鳥たちのさえずりが聞こえている。
医務室の窓から日が差し込む。
医務室のベッドで寝ているエイジ。
頭には包帯が巻かれている。
エイジ「うっ……」
ゆっくりと目を開けるエイジ。
エイジ「……ここは?」
起き上がるエイジ。
エイジ「エミー」
左隣にエミリーが寝ていることに気づくエイジ。
エミリー「エイジー……」
寝言を言うエミリー。
エミリー「ひとりに、しないで……エイジ」
エミリー、寝たままエイジの方へ転がり、彼を抱きしめる。
エイジ「前もあったな、こんなこと……これは当分、出られねぇなあ」
苦笑するエイジ。
奥にある扉が開く。
メルヴィン・シバサキ(32)とフリッツが入ってくる。
メルヴィンはあくびをしながら入ってくる。
メルヴィン「ん? 起きていたか」
フリッツ「よっ! よく眠れたか」
エイジ「メルヴィンさん、フリッツさん」
フリッツ「おっ!」
フリッツとメルヴィン、寝ながらもエイジを抱きしめているエミリーを見やる。
少しの間、沈黙が流れる。
エイジ、気まずいと感じ、詰まったような声で、
エイジ「うっ……」
フリッツ、面白そうに、
フリッツ「うわーお、ラブラブだねー」
メルヴィン「隅におけねぇーなー。まさかヤったんじゃないだろうな?」
エイジ、顔を赤らめて、
エイジ「そんなことしませんよ!」
フリッツ、つまんなそうに、
フリッツ「なんだよ、面白くねぇーなー」
メルヴィン「おまえ、それでも男か?」
エイジ「だから! そういう関係じゃないんですってば!」
エイジ、寝ているエミリーを見つめる。
エイジ「俺はこいつに、ずっと憧れているだけですから」
エミリー「……ん」
エイジ「おっ……」
エミリーのまぶたがゆっくりと開く。
エイジ「エミー」
語りかけるようにエミリーの名前を呼ぶエイジ。
エミリー、エイジの顔を見上げる。
エミリー「エイジ……よかった。わたし、死んだかと思った」
エイジ「俺がくたばるわけないだろ。おまえも無事でよかったよ」
エミリー「エイジ……」
ぎゅっと抱きしめるエミリー。
フリッツ、顔を赤らめながら、
フリッツ「あー、コホン。お取込み中すまないが・・・・・・」
メルヴィン、フリッツの隣で、そっぽをむいて頭をかいている。
エミリー「あっ……!」
エミリー、顔を赤らめ、フリッツとメルヴィンの姿を認め、エイジから離れる。
フリッツ「エイジ。あとで支部長室へ来てくれ」
エイジ「へ?」
フリッツ「おまえの覚悟をみせてもらったからな。本当にここにいたいのなら、俺のところへ来い。歓迎する」
エイジ「あ……はい」
エイジ、真剣な目でフリッツを見つめる。
フリッツ、彼の表情を見て、口元に笑みがこぼれる。
そしてニヤけた表情で、
フリッツ「じゃ、しばらくは二人で愛の巣を楽しんでくれ」
メルヴィン、呆れたような表情で、
メルヴィン「医務室でヤらかすんじゃねーぞ」
エイジ、必死な顔つきで、
エイジ「しませんよっ!」
二人は医務室から出ていく。ドアが閉まる。
エイジ、顔を赤らめつつ呆れた表情で、
エイジ「ったくもう、あの人たちは……」
エミリー、エイジのパーカーを引っ張る。
エイジ「何だよ」
エミリー、エイジの顔を見ずに顔を赤らめて、
エミリー「エイジって、不埒なんだ」
エイジ、必死な顔つきで、
エイジ「うなわけねーだろ! 真に受けんなよ! ・・・・・・まったく」
エミリー「……うふふふふ」
エイジ「今度は何だよ」
エミリー「いや、エイジ、元気になったなーって」
エイジ「あ……」
エミリーを見つめるエイジ。
エミリー、エイジの胸に寄り添う。
エミリー「よかった、エイジが生きてて。そして、ありがとう。助けてくれて」
エイジ「……当然のことをしたまでさ」
エイジ、どうすればいいのか分からない表情で、頬を人差し指でこする。
エミリー「ねぇ、さっきの話、受けるつもりなの?」
エイジ「エミー?」
エミリー、不安そうな表情で、
エミリー「わたし、正直に言うとね、いっちゃやだって思ってる。だって、エイジが苦しめられて、傷ついて……わたしにはとても耐えられなかった。フリッツさんにガマンして見守っていたけど……ひとりになってしまうって、思ったから……」
エイジ「……」
エイジ、エミリーの頭をやさしく撫でながら、
エイジ「バーカ。俺がおまえをひとりにするかよ。ていうか、おまえのおかげで合格できたんだぞ」
エミリー「わたしのおかげ?」
エイジ「ああ。ようやく目が覚めたよ。俺が何をしたいのか、俺が……」
エイジ、自分の脳裏に子供時代の自分が浮かぶ。布で作った赤いマントを羽織っている自分の後姿が。
エイジ「何者になりたいのか」
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