〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)” ミザール支部 入口
スライムの中に何かが動き回っている(何が動き回っているのか、エイジたちには分からない)。
エイジ、唖然としながら、
エイジ「なんだ、あれ……あれも、人魔(アロー)化した魔物なのか」
エイジ、左手でスライムを差しながら、ブリーゼに訊ねる。
ブリーゼ「あんなの見たことないわ……でも、その一種なのは間違いないわ。あいつの周り、闇子(サタン)が異常に濃いから」
エイジ「わかるのか?」
ブリーゼ「当然でしょ。アンタはまだ素人同然だから分からないけど、戦闘を重ねれば分かってくるわよ。光子(マナ)とは違う、イヤミな力が」
スライムは赤紫のオーラを纏う。
ブリーゼ「! みんな中へ!」
ブリーゼの絶叫と共に、団員達は施設へと戻っていく。
エイジ、エミリーに、
エイジ「エミー、下がれ!」
エミリー、エイジの右わき腹をぎゅっと掴み、
エミリー「嫌よ! わたしはエイジと一緒にいる!」
エイジ「一緒にいるって、おまえ……」
ブリーゼ「来るわよ! 武器で防御して!」
スライム、縦に少し伸びて、赤紫色のオーラから放たれる衝撃波を放つ。
エイジ「くっ……!」
エミリー「キャア!」
剣を地面に突き刺し、暴風に耐えるエイジ。
エイジに必死にしがみつくエミリー。
ブリーゼ、顔の前で手を交差し、ブーツに込められている光子(マナ)の力を使って踏ん張る。
暴風がおさまる。
ブリーゼ「今だわ!」
ブリーゼ、スライムに向かって全力疾走し、風の力を込めたブーツで勢いよく右足を蹴り上げる。
しかし、スライムは変形するだけで、蹴った感触がない。
ブリーゼ「!?」
あっけにとられるブリーゼ。
スライム、ブリーゼに向かって至近距離で暗黒弾を放つ。
ブリーゼ、腹に暗黒弾が当たる。
ブリーゼ「ぐぅぅぅぅぅぅっ!」
吹き飛ばされるブリーゼ。
ブリーゼ、施設の入口の壁に激突し、地面に這いつくばる。
エイジ「ブリーゼ!」
エイジ、彼女を一瞥し、
エイジ「……っ!」
エイジ、服を掴んでいるエミリーを強引に振り払い、無我夢中でスライムのところまで走る。
エミリー「エイジ!」
ブリーゼ「……無闇に攻撃してはダメ!」
地面に這いつきながら、エイジの方へと顔を見上げて絶叫するブリーゼ。
エイジ「うおおおおっ!」
剣に火の力を込めて、斜めの軌跡を描いてスライムを斬り下ろすエイジ。
エイジ「どうだ!」
スライム、エイジの攻撃で真っ二つになる。
しかし真っ二つになるもすぐにくっつき、一つになるスライム。
エイジ「……うそだろ……」
目を丸くし、身体が強張るエイジ。
エミリー「エイジ!」
エイジ「!」
エイジ、エミリーの声に反応し、スライムの頭の上を見つめる。
スライムの頭の上には手が作られている。それをエイジに向かって叩きつける。
エイジ「くぅおっ!」
エイジ、剣を盾にしながらバックステップで躱すも、尻餅をつく。
エイジ「いつつつ……」
エミリー「大丈夫!?」
尻餅をついたエイジの下へ駆けつけるエミリー。
エイジ「大丈夫。だけど、あいつ……」
ブリーゼ「斬った感触がない……そうでしょ?」
ブリーゼがエイジの右側に立っている。
服が少し痛んでいる。
エイジ、ブリーゼの方へと見上げて、
エイジ「平気なのか?」
ブリーゼ「ヤワな身体じゃないって言ったでしょ」
ブリーゼ、人差し指でサングラスのブリッジを上げる。
ブリーゼ「この人魔魔物(アローモンスター)、ただ近接で戦ってたらやられるわ。光子(マナ)そのもののエネルギー弾を放たないといけないようね」
エイジ「エネルギー弾? それってつまり、技で対抗しないといけないのか? 俺の衝火(しょうか)やあんたの刃を放つ技」
ブリーゼ「ええ。だけど光子(マナ)そのもののエネルギーを放つ技は、光子(マナ)の消耗が激しいの。アタシやアンタのように、近接戦闘が得意なヤツは、武器の精製そのものに光子(マナ)の力を消費してるからその分制限されるし、ヘタすると武器を精製する力も一時的に失ってしまうわ。まあ、光子(マナ)を操る熟練度にもよるけどね。グローブに埋め込まれた石はまだ光ってる?」
エイジ、ステルラグローブの手の甲の部分にある石を確認しながら、
エイジ「ああ、まだ光ってる」
ブリーゼ「結構。その石をよく見ておくことね。ソレ、装備者の光子(マナ)がどれくらい残っているか教えてくれるから」
エイジ「わかった」
ブリーゼ「来るわよ!」
スライム、巨大な両手を作り、エイジたちにむかって赤紫のレーザーを放つ。レーザーが地面をえぐる。
エイジ「エミー、下がってろ! 俺は、大丈夫だから! な」
エミリー、少しだけ笑みをこぼすエイジを見つめ、ゆっくりと頷き、施設の入口の方へと向かう。
エイジ、エミリーを一瞥し、スライムが放つレーザーを見て、
エイジ「喰らうかよ!」
エイジ、横っ飛びでスライムが放つレーザーを躱す。
ブリーゼ、立ち止まったまま、レーザーと対峙した瞬間、
ブリーゼ「フッ!」
すぐに左によって攻撃を躱す。
ブリーゼ「こっちもいくわよ! 裂砕刃(れっさいじん)!」
エイジ「衝火(しょうか)!」
ブリーゼ、右足を上げて緑色の真空刃を繰り出す。
エイジ、剣を地面に叩きつけて朱い光線を放つ。
二つの力がスライムに直撃する。
スライムの中心に大きな孔(あな)が開く。
エイジ「よっしゃ! これで浄化をすれば……」
スライム、すぐに再生し、孔を塞ぐ。
エイジ「なっ……!」
驚愕するエイジ。
ブリーゼ、額から冷や汗を一滴垂らしながら、
ブリーゼ「本体がどこかにあるっていうの?」
慄くブリーゼ。
スライム、中心から、藍色の植物のツルのようなものをエイジたちに伸ばす。
エイジ「くっ……!」
躱すエイジとブリーゼ。
しかし、その藍色のツルは伸びていく。
ブリーゼ「!」
ブリーゼ、施設の入口の方へと顔を向ける。
ツルが、エミリーを狙う。
エミリー「え?」
あっけにとられるエミリー。
そのエミリーに、藍色のツルが捕える。
エミリー「!?」
ツルに巻きつかれ、口を大きく開けて驚愕するエミリー。
ツルがスライムの方へと引き戻される。
目を丸くするブリーゼ。
ブリーゼ「しまった!」
エミリー「キャアアアアアアア!!」
エイジ「エミー!」
エミリー、そのままスライムに吸収され、中に閉じ込められる。
エミリー「エイジ! ブリーゼさん!」
スライムの中からドアを叩くように、藍色の表面を叩くエミリー。
エイジ「くっそ。これじゃあ攻撃が……」
眉間にしわを寄せ、スライムを見つめるエイジ。
スライム、2つの巨大な手を作り出し、エイジとブリーゼを握る。
エイジ・ブリーゼ「!」
エイジとブリーゼ、スライムの巨大な手に握られながら、宙に浮く。
エイジ、苦しそうに、
エイジ「くっ……! ぶよぶよした魔物のくせに、どっからこんな握力が……」
スライム、エイジとブリーゼをさらに強く握りしめる。
ブリーゼ「くううっ……このままじゃ……」
スライムに強く握りしめられている二人を、スライムの中から見上げるエミリー。
エミリー、必死に中から表面を叩く。
エミリー「出して、出してよ!」
必死に叩くエミリーの背後から、紫色の細い触手が、必死に叩くエミリーの肩を伝う。
エミリー、震えながら、
エミリー「ひぃぃっ!」
裏返った悲鳴を挙げるエミリー。
エミリー「な、なに!?」
振り返るエミリー。
すると、藍色の空間からクラゲ型の魔物が現れる。
エミリー「! こ、これが本体!?」
クラゲ型の魔物、紫色の細い触手をエミリーに伸ばす。
エミリー「……っ!」
クラゲ型の無数の触手が、徐々にエミリーに近づく。
エミリー、胸元にあるアメジストのネックレスに手を当て、ぎゅっと目を閉じ、
エミリー(モノローグ)「お願い。わたしに、わたしにも、みんなを助ける力を、支える力を……神様……!」
エミリーの胸元にあるアメジストのネックレスが白く光りだす。
エミリー、ゆっくりと目を開け、白く光るネックレスに驚く。
スライムの巨大な手に握られ、宙に浮いているエイジとブリーゼ。
エイジ、スライムの白く光っている部分を見下ろし、ブリーゼの方へと顔を向け、
エイジ「! ブ、ブリーゼ! スライムが……!」
ブリーゼ「ええ……」
呆然と見下ろすブリーゼ。
スライムの中にいるエミリー、白く光るネックレスを手に取り、見つめる。
エミリー「何が、起こって……きゃあ!」
ネックレスが眩い光を発し、エミリーの視界が白く包まれる。
〇真っ白な空間
眩い真っ白な空間の中、目を閉じ、ひとり佇むエミリー。
エミリー「……ん」
ゆっくりと目を開けるエミリー。
エミリー「ここは……?」
エミリー、ゆっくりと真っ白な空間を見回す。
女性(声のみ)「とうとう、来てしまいましたね」
エミリー「え……?」
女性の声にたじろぐエミリー。
すると、エミリーの前に、髪の長い女性をかたどったシルエットが現れる。
エミリー「あ、あなたは……?」
女性、少し悲しそうな声で、
女性「力が欲しい、ですか?」
エミリー「力?」
女性「はい」
女性、頷く。
女性「貴方の中に眠っている力、それを奮えば、多くの人たちを翻弄し、貴方の運命もまた、悲哀に満ちたものになるかもしれません。それでも欲しいですか……?」
エミリー「……」
エミリー、しばらく俯く。
エミリーの脳裏に、エイジが影星(エクリプス)の入団に覚悟を決めたときの表情――医務室でのやりとりが甦る。
エミリー、顔を上げ、覚悟を決めた表情で、
エミリー「はい、欲しいです。例えこの先どうなっても、今は、今助けたい人がいるんです。わたしたちがいる『今』を守るために、私はそれを使います!」
女性「その誓約に、嘘はないのですね」
エミリー「……はい!」
女性「分かりました。では、私の力の一端を貴方に……」
女性は両手を広げ金色に光出す。
エミリー「……!」
燦然(さんぜん)たる女性に、エミリーは両腕で顔を隠す。
〇ミザール国 国際特秘遂行警備組織“影星(エクリプス)” ミザール支部 入口
スライムの巨大な手に握られ、宙に浮いているエイジとブリーゼ、光り輝くスライムを見下ろしている。
エイジ、頬に冷や汗を垂らしながら、
エイジ「エミー……一体、何が……?」
ブリーゼ「!?」
光がスライムから伝い、二人が握られている巨大な手が白く輝く。
その瞬間、巨大なスライムの手が消滅する。
エイジ「へっ……うわああああっ!」
落下し、顔から地面をぶつけるエイジ。
エイジ「いってぇー……」
顔に右手を当てるエイジ。
ブリーゼは緑色に輝くブーツの力で、ゆっくりと着地する。
ブリーゼ「……」
真剣な眼差しで、右側の一部分が白く輝くスライムを見つめるブリーゼ。
エイジも立ち上がり、スライムを見つめる。
エイジとブリーゼのステルラグローブが白く光る。
エイジ・ブリーゼ「!」
左手に装備している、白く光るステルラグローブに目を向けるエイジ。ブリーゼもステルラグローブに目を向けている。
エイジ、ブリーゼの方へと視線を向けて、
エイジ「ブリーゼ、これは……!」
ブリーゼ「適合者――《選星者(シュッツァー)》反応よ! ということは……」
エイジ「まさか、エミー!?」
エイジ、スライムの右側の一部分が白く輝く部分へ顔を向ける。
ブリーゼ「そうね。でも、なんでいきなり適合反応(コンフォーミング)が……いいえ、そんなことはどうでもいいわね。もしかしたら、この状況を切り抜けられるかも」
ブリーゼ、右手で左胸ポケットからスペア用のステルラグローブを取り出す。
エイジ、ブリーゼの左肩を強く掴む。
エイジ「おい! まさかエミーにも戦わせるつもりじゃ……」
ブリーゼ「そうしないと打破できないわ。それとも何? このままアイツを攻撃して、彼女を傷つけずに解放する方法があるの?」
エイジ「……」
エイジ、身体を震わせながら、苦虫を噛んだような表情で俯き、
エイジ、冷静に、
エイジ「わーったよ。だけど、今回だけだかんな」
ブリーゼ「結構」
スライムの中にいるエミリー、固く閉ざした瞳をゆっくりと開ける。
エミリー、全身が白いライトエフェクトに包まれていることに驚きながら、
エミリー「え? なに? どうしちゃったの、わたし……!?」
自分の身体をあちこち見ながら動揺するエミリー。
そんな彼女に、何も動きを見せずに対峙するクラゲ型の魔物。
ブリーゼ「エミリー!」
外にいるブリーゼの声が聞こえ、振り返るエミリー。
ブリーゼ「これを使って!」
何かを投げるブリーゼ。
ブリーゼの投げたもの――ステルラグローブがスライムの中へと入っていき、エミリーに届く。
エミリー「これはエイジが使っているものと同じ……」
ステルラグローブを拾うエミリー、すると手の甲の部分にある埋め込まれた鉱石が白く光る。
エミリー「もしかしてこの力……よし! エイジは確か……」
エミリー、左手にステルラグローブを装備する。
左手の甲の部分にある白く輝く鉱石を右手で押さえながら、
エミリー「えっと、ま、光子解放(マナ・グリッター)!!」
叫んだ瞬間、真っ白な輝きに吸い込まれるエミリー。
スライムと対峙しているエイジとブリーゼ。スライムの右側の一部分が燦然(さんぜん)と白く輝き、それがスライムの全身に広がる。
白い輝きに満ちて爆散するスライム。
エイジ・ブリーゼ「!!」
その衝撃に風が薙ぎ、俯きながら両腕を前に出して防ぐエイジとブリーゼ。
しばらくすると白い輝きが消える。
ゆっくりと目を開けるエイジとブリーゼ。
エイジ「!」
目を大きく見開くエイジ。
二人の目の前には、ブラウンでストレートミディアムボブの髪型、胸元にはアメジストのネックレス、そして真っ赤なドレスを着ているエミリーがいる。
エミリー、洗練とされた美しさを放ちながら、左手はステルラグローブを装備し、右手には真っ白いバトンを持って前に突きだしている。
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